Wikipedia:第2回秋の加筆コンクール/コメント
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ここは、第2回秋の加筆コンクールにエントリーされた記事について、審査員、加筆者、コメンテーターが自由闊達に意見を交換する空間です。11月1日から11月15日(日本時間)の間、積極的な意見交換を期待したいと思います。なお、本コンテストにおけるコメント付与期間が過ぎた以降についても、コメントを思い立ちましたら随時、遠慮なく、コメントを追加してくださっても結構です。そのほうが記事の充実につながると思います。サロン的な場所として、ご利用ください。
目次 |
[編集] 分野A
[編集] ジョアン・ロドリゲス
9/30最終版:2008年7月31日 (木) 20:54 - 10/31最終版:2008年10月31日(金) 03:51 - 差分
- (質問)今後の加筆を期待するとして、イエズス会士として活躍したジョアンが日本、マカオ、ポルトガルにおける大まかな評価を具体的に教えていただければと思います。--Tantal 2008年11月3日 (月) 02:39 (UTC)
- ご高覧いただきありがとうございました。期限までにじゅうぶんに書けなかったことを心苦しく思っており、近日の成稿を目指したいと思っています。
- さて、ご質問の事項について、書こうと考えていたことの摘要をもうしあげますと、ロドリゲスの事績をイエズス会の財政活動におけるものと文筆によるものとに二分し、位置づけを探ろうというものでした。そのため、各地域における評価ということはとりたてて意識しておりませんでした。
- と申しますのは、わたくしの知るところ、ロドリゲスの事績への注目は日本におけるものがおもであるからであり、生国ではほとんど知られるところなく(わずかに生誕地において顕彰されており、感嘆したとの報告が、ロドリゲスの研究をなさった方の旅行記に記されています)、それを明かすかのように、ポルトガル語版におけるロドリゲスの項目では、Girãoと混同がいまだに見うけられます。
- ただし、マカオにおいては、より積極的な評価がなされているかもしれません。マカオ存続についてロドリゲスは一定の貢献をしており、管見に入らないだけで、マカオ史においてはよりロドリゲスの事績研究が進んでいるのかも知れません。もうすこし手を広げて調査してみたいと思います。ご意見ありがとうございました。 Kzhr 2008年11月3日 (月) 06:37 (UTC)
- (コメンテーターコメント)読み物としても楽しめる良い記事だと思います。後半は1文1文が若干長くなっており、ぱっと読んだだけでは分かりにくい箇所があります。そのほか、記事の良し悪しと直接関係ありませんが「その地の両方」は療法の間違い?「宗論を争わせたという。家康からは、」の後、文が切れています。--Freetrashbox 2008年11月3日 (月) 11:47 (UTC)
- (コメンテータ・コメント)加筆作業、お疲れさまでした。一応、加筆前の版と最終版を拝読させて頂きましたが、記事は未執筆部分が残るとはいえ、格段に質的に向上していると思います。ただ、文章を拝読させて頂いていて、多くの疑問を感じました。乱暴な言い方かも知れませんが、一言で述べると、執筆者は「殴り書き」をしているのではないかという印象を受けました。
- 誤字(誤変換)は仕方ないものとしても、高度な文章執筆力がうかがえる一方で、主語が一致しないとか、何を書いているのか不明な部分が多々あります。一つに、主語を省略していることや、長い文章だと、能動・受動などの整合に乱れがあるように思います。
- いま一つに、全般に記述が平板で、「格調高い」文章がめりはりなく続いているという感です。「司祭叙階」が二回出てきて、両方とも、年代記述のなかで出てくるので、奇妙に感じました。このあたりは、記述の「構成」をもっと工夫する必要があるのではと感じます。
- また、「言葉・説明」が少な過ぎる(欠けている)のではと思います。「日本司教」とは何のことか脚注に出てきますが、これは本文に書いて説明すべきことだとも思います。
- 出典をいちいち本文のなかに書いているのも、どうかとも思います。気を悪くされましたらお詫び致します。--Stella maris 2008年11月3日 (月) 12:20 (UTC)
- (ライバルコメント)興味深い経歴の人物だけに、未完で期限を迎えてしまったのは惜しいです。今後の加筆に期待します。
- 「所用のため京を離れ……」の段落について。主語が欠けているため行為主体が分かりにくいです。「疑い」「疑いを解いた」のは秀吉と文脈で推測できますが、所用で京都を離れたのはロドリゲスとヴァリニャーノのどちらでしょうか。ヴァリニャーノの場合、「所用のため京を離れた」は前段落の「九州に戻った」と同じ行動を指しているのでしょうか。
- 「1592(天正10)年……」の段落について。「その地の両方」は「療法」の誤変換と解釈してよろしいでしょうか。また、以前に宣教師追放令の発布を働きかけた施薬院全宗が、この時はロドリゲスのために取りなしたのには何か理由があるのでしょうか。
- 出典の記載場所については、Stella marisさんと同意見です。脚注に移した方が読みやすいかなと思います。
- 個人的興味として、彼の貿易に関する事績についてもっと知りたいなと思いました。
- これも個人的感想ですけど、脚注で色々な話が読めると、何というか、「一粒で二度おいしい」という気持ちになりますね。
- 記事には関係ないでしょうけど、今朝日新聞に連載中の小説『徒然王子』が、ロドリゲスのことを扱ってますね。--Arawodas 2008年11月3日 (月) 14:58 (UTC)
(返答)たいへんおそくなりましたが、コメントをいただいたみなさまに、まず感謝もうしあげます。乱文や誤脱のご指摘をたまわることが多く、未完成のままお見せせざるを得なかったことを恥じ入る次第です。次回かようなコンクールに参加する機会がありましたら、きちんと表現や構成を練る余裕を作るよう心がけます。
さて、ご指摘のいくつかについては、11月3日の加筆によって、修正しえた、あるいは修正の方向性を示し得たのではないかと思いますので、そちらをご参照ください。そのうえで、ひとつひとつのご指摘から選んでお答えいたしますと、
- 「司祭叙階」が二回出てきて、両方とも、年代記述のなかで出てくるので、奇妙に感じた (Stella Marisさんのご指摘)
- 生涯の記述において、とくに日本のことがらについては、渡日〜神学生時代、通訳時代、プロクラドール時代というように分けて書いています。ロドリゲスの活動は、神への信仰を強く持ちつつ、しかしそれ以外の面について発揮されたものですから、導入としては活動によって分割したほうがわかりやすいのではないか、と考えての構成でした。そのため、それぞれ重なる時期について、記述が年代において前後しています。司祭叙階について二度記述したのはそのゆえで、通訳時代の空白期間であり、その帰国後は日本司教=インド副王使節の秀吉謁見のために早速通訳として活動するため、その意味でも欠かせません。しかし、この記述方針についてなんらかの誘導がなかったのは不十分だったと思います。改善策を検討したいと思います。
- 「日本司教」とは何のことか脚注に出てきますが、これは本文に書いて説明すべき(Stella Marisさんのご指摘)
- ロドリゲスはイエズス会の人間としては梶取役ではなくパイプ役なのであって、基本的には上役の指示を越えた行動は取っていません。ですから、あまり周辺事項を説いても、ロドリゲスの行動が見えにくくなるおそれがあり、どれくらいを読むうえで欠かせない註記とするかは、判断に迷うところかと思います。ご指摘の件に限っていえば、日本人司教は、1927年までいなかったようですから、日本司教区の司教は基本的に外国人司教であり、とくにいわゆるキリシタン世紀ではとぎれなく司教が着任し得た「わけではない」ことは、日本キリスト教史に対する知識に属することのように思え、かかる宣教体制を知らねば府内司教区設置の意図なども伝わらないのであり、一宣教師の項目で説いても中途半端にならないかと恐れます。ロドリゲスを中心に描けない事項はできるだけ省いたのもこのためです。
- 出典をいちいち本文のなかに書いている(Stella Marisさん、Arawodasさんのご指摘)
- これは、MLA方式を参考にして原稿を書いていたのでこうなったものですが、ウィキペディアに掲載するときにどういう形式で註を付けようか決めかねたため、そのままになったものです。ref機能が進歩して、脚註と出展註を区別できるようになったらしいことを知りましたので、分離を検討いたします。
- 以前に宣教師追放令の発布を働きかけた施薬院全宗が、この時はロドリゲスのために取りなしたのには何か理由があるのか(Arawodasさんのご指摘)
- これについてはよく知られていません。ロドリゲスに対して感情を軟化させていたのではないか、とCooper氏は考えているようです。
- 彼の貿易に関する事績についてもっと知りたい(Arawodasさんのご指摘)
- 現在、プロクラドールとしての評価について稿を用意していますので、そちらでご紹介できるのではと考えています。
- 脚注で色々な話が読めると、何というか、「一粒で二度おいしい」という気持ちになる(Arawodasさんのご指摘)
- 現在の予定では、生涯の節で説く事績の量はあまり増やさないつもりで、議論などある部分は、すべて評価やそれを伴う内容のための節に書くつもりです。それがいつになるかはお約束できないのですが……。
回答は以上です。あらためてご高覧ありがとうございました。 Kzhr 2008年11月9日 (日) 14:40 (UTC)
- (審査員コメント)教科書等ではまず取り上げられない事柄について触れていらっしゃる、殊、一個人の視点から往時の日本との関係について紹介戴いたことに感謝いたします。事柄に個別に立ち入ることが出来ず申し訳ないのですが、読んでいて気になるところを。
- 冒頭 「権力者との折衝にもあたり、ついに陰謀に遭って」というところは、権力者に接近していたことから常々陰謀に晒されていたという理解で宜しいのでしょうか。
- 全般に因果関係が読み取り難い表現が見られます。例えば、「通訳から財務担当になるまで」の節では、「~の通訳はルイス・フロイスだったが、年老い、病を得たため新任されたのであった」では、読み手が前後の情報から、「フロイスが病を得て通訳職を辞し、代わりにロドリゲスが通訳職に就いた」と因果関係を理解をする必要があります。また、「宣教師追放令が厳格になされていないことが知られるのを恐れたイエズス会では、」の部分は、誰に知られるのがまずかったのか、隠す事でどの様な利点を得ようとしたのか、などの因果関係が良く判りませんでした。冗長になるかと存じますが、語句を補っていくと判りやすいと存じます。
- 全般に表現に混乱が見られます。例えば、「通訳から財務担当になるまで」の末尾では「秀吉は答えず、はなしを変えた」というのは、個人的には「秀吉は応じず、話題を変えた」が宜しいかなと存じます。また、「財務担当から追放まで」の中盤では「これらの商行為や政治への関与は、強い反感と反撥をもたらした。」は、前後から情報を補うと「ロドリゲスがこれらの商行為や政治に関与することに対しイエスズ会からは強い反感や反撥が示された」という表現が必要かと存じますし、この節の冒頭に、「イエズス会は、聖性を乱すとしてかねてより聖職者が商行為へ関与する事を否定していたがロドリゲスはこの方面に傾注していった」旨の前提があることを説明するとわかりやすいと存じます。
時間切れで途中までの様で残念ですが、今後も執筆に邁進いただけると幸いです。東 遥 2008年11月15日 (土) 12:30 (UTC)
-
- (返答)読んでいただきありがとうございます。ご質問についてお答えもうしあげます。
- 陰謀
- 権力者とつながりがあり、決定を覆すことさえ可能であったロドリゲスゆえ、ロドリゲスを追放させた長安だけでなく、大村氏や寺沢氏より除かれようとされたことがありました。「ついに」の用法がすこし破格かな、といま反省していますが、文意はご理解のとおりです。
- フロイスとの交替
- うまくわかりやすい文章が書けないと流してしまったところでしたが、代ったことについての表現が欠けていたのですね。ご指摘に感謝いたします。
- 「宣教師追放令が厳格になされていないことが知られるのを恐れたイエズス会」
- これは、秀吉が激怒するのを恐れ、ロドリゲスとポルトガル船船長を派遣し、なだめさせようとしたもので、秀吉がポルトガル貿易を非常に重んじていたこと、ロドリゲスがその仲介として頼りにされていたことを前もって知らないと、わかりにくい箇所であるかもしれません。説明を補うことを検討いたします。
- ロドリゲスへの批判
- これは、単にロドリゲスへと向けられたわけではなく、ロドリゲス(と副管区長パシオ)を代表とするイエズス会の貿易関与について、他のイエズス会関係者、他の修道会、大名などから批判されたものです。イエズス会や宣教師としての貿易と清貧規定とのかねあいについては研究も複雑で、うまく組み込みうるかわかりませんが、ほかの項目の増補と参照なども含めて、記述を検討したいと思います。
- 回答は以上です。ふたたび資料集めに入っておりますので、少しずつ書いてゆきたいと思っております。 Kzhr 2008年11月15日 (土) 16:24 (UTC)
- (返答)読んでいただきありがとうございます。ご質問についてお答えもうしあげます。
[編集] アトランタ
9/30最終版:2008年9月30日 (火) 01:04 - 10/31最終版:2008年10月29日 (水) 01:09 - 差分
- (質問)今般、秀逸な記事の選考を通過したワシントンD.C.に劣らず、充実した記事へ変貌を遂げたと思います。米国の地理に弱い審査員から質問となりますが、
- 私からは、以上2点です。よろしくお願いします。--Tantal 2008年11月1日 (土) 11:26 (UTC)
- (回答)上記2点に回答いたします。
- コカ・コーラ、CNNのどちらも、アトランタが創業の地であります。ただし、「なぜ創業の地に今も本社を置いているのか」については、アトランタというよりは各企業の企業戦略の部分の話と思われ、申し訳ありませんが、私には判りません。
- 記事中にも示しましたこちらの文献に、アトランタ遷都への経緯に関する記述があります。南北戦争からの復興によるアトランタの人口の成長と鉄道の便のよさが評価され、加えて、「もしもアトランタが州都に選定された場合、州会議事堂をはじめとする州の各種機関のための建物を10年間無償で提供する」とアトランタ市当局が州政府に働きかけたことも功を奏して、アトランタを州都と定めることを明記した州憲法の改正案が州議会で可決され、アトランタへの遷都となったようです。
- (回答)上記2点に回答いたします。
- 以上、お答えしました。また2.については、記事中にも反映しました。Yassie 2008年11月2日 (日) 15:07 (UTC)
- (ライバルコメント)完成度の高い記事と感じました。宗教への言及があればなお良いと思います。一点質問ですが、人種構成や歴史など土着的要素に基づく地域固有の文化的特徴(風習、祭礼など)がありましたら教えて頂きたいです。--Arawodas 2008年11月2日 (日) 11:52 (UTC)
- (ライバルコメント)歴史や文化などの充実は好ましいことですし、最近の人口動態に触れられていることは、急激な人口増大があったことを考えれば大変意義深いと思います。さて、私の感想及び今後の要望として、次の点を挙げたいと思います。
- 長距離鉄道の敷設の際にアパラチア山脈を避けた結果、アトランタの地に鉄道が集中したこと
- TVA設立以降水力電気の大規模使用が可能になり、また付近で良質の粘土が産出されたため、窯業(煉瓦やタイルの生産)が盛んになったこと
- 窯業のほか、鉄製品、化学薬品、肥料、家具の生産が盛んであること
- これらについて、詳しく判るといいかなと考えます。あくまで思いつきの感想ではありますが。ともあれ、Yassieさん、加筆作業お疲れ様でした。--Lombroso 2008年11月3日 (月) 13:01 (UTC)
- (追加コメント)宗教について、採用頂きありがとうございました。新たに二点質問を。
- 犯罪の多発について。貧困率や他の都市記事を参照すると、アトランタの貧困層の割合は特に高いという印象を受けますが、やはり貧困率の高さが犯罪の原因とみてよろしいのでしょうか。自治体などによる犯罪多発原因の分析資料はありますか。また近年の犯罪率減少傾向について、自治体による犯罪防止策として特筆すべきものがありましたら挙げて頂きたいです。
- 素朴な疑問として。人口の過半をアフリカ系が占め、30年以上アフリカ系市長が続いていることから、アフリカ系市民の政治的発言力は大きいものと推察します。ストーン・マウンテンの南軍三将帥の像について、彼らから批判が起こることはないのでしょうか。
- 以上質問でした。--Arawodas 2008年11月3日 (月) 14:58 (UTC)
- (審査員コメント)こうした長い記事だと読者に続きを読みたいと思わせるような冒頭部であることが望ましいと思いますが、その点、この記事は十分に成功していると感じました。英語版の冒頭部とも見比べてみましたが、興味を掻き立てる度合いは日本語版の方が上でしょう。また、いくつかの場所で日本の都道府県などとの比較を出しているのも読み手に対する細やかな配慮として評価できる点だと思います(この点、日本語版であって日本版でないことを理由に否定的に見る方もいるかもしれませんが、想定できる主たる読者が日本人であることを考えるなら、許されてよい気遣いだと思います)。ただ、細かい点でちょっと注文をつけるとすれば、
- 20世紀の節で「人種差別撤廃への機運がさらに高まっていった。」とありますが、「さらに」の前提になる撤廃への動きの話がないので、ちょっと流れが分かりにくいかと思いました。
- 「ジェントリフィケーション」「プロフェッショナル職」等のカタカナ語が少し引っかかりました。日本語に置き換えにくいものは確かにあると思いますが、この場合「高級住宅地化」「専門職」などでも良いのではないか、と素人目には思えました。--Sumaru 2008年11月6日 (木) 11:08 (UTC)
- (回答)1番目については、確かに仰る通りなので「さらに」の語を削りました。2番目についてですが、本記事に限らず、カタカナ語を日本語に置き換えることによってその意味が本来の意味よりもかなり限定されてしまうということがあります(「アカウンタビリティ」などはその最たる例でしょう)。Sumaru様の挙げられた2語もそれで、ジェントリフィケーションに関して言えば「高級住宅地化」はその一形態であってイコールではありませんし、プロフェッショナル職も然りです(そもそも「プロフェッショナル」の定義自体が曖昧なところがあります)。そういうわけで、こういった語に関してはカタカナ書きのまま残しております。Yassie 2008年11月8日 (土) 02:47 (UTC)
- (コメント)お返事ありがとうございました。上の質問をした時点ではジェントリフィケーションが既に単独記事として存在していることを認識していなかったので、読者にとって分かりづらいのではと思ったのですが、的外れな疑問でした。つまらない質問にもご丁寧にお答えいただいたことに御礼申し上げます。--Sumaru 2008年11月9日 (日) 11:37 (UTC)
- (回答)1番目については、確かに仰る通りなので「さらに」の語を削りました。2番目についてですが、本記事に限らず、カタカナ語を日本語に置き換えることによってその意味が本来の意味よりもかなり限定されてしまうということがあります(「アカウンタビリティ」などはその最たる例でしょう)。Sumaru様の挙げられた2語もそれで、ジェントリフィケーションに関して言えば「高級住宅地化」はその一形態であってイコールではありませんし、プロフェッショナル職も然りです(そもそも「プロフェッショナル」の定義自体が曖昧なところがあります)。そういうわけで、こういった語に関してはカタカナ書きのまま残しております。Yassie 2008年11月8日 (土) 02:47 (UTC)
- (審査員コメント)大分な記事の編集おつかれさまです。とても充実したと存じます。読んでいて気になった点を挙げさせていただきますと、
- 冒頭部分が少し長いかな、という気が致します。「概要」などの節を立てて、ある程度、こちらに移しても良いかなと存じます。
- 歴史 - 市の創設と初期 の部分で、スタンディング・ピーチツリーの名称は、ネイティブ・アメリカン側からもそう呼ばれていたのでしょうか。
- 同じく、「非公式の取引所」があったとありますが、ここでは、何が取引されていたのでしょうか。この辺りが知りたく存じました。
- 南北戦争と再建 の部分で、戦争開始時のアトランタの立場についての説明があると良いでしょう。読み進めていくとアトランタは南軍の支配下にあり、それを北軍が奪ったと理解できますが、その点を予め明示しておくと理解しやすいと存じます。「鉄道交通・軍需品供給の中心地として重要な地」とあるのも、南軍の要衝地であると見られたから北軍が狙ったのか、或いは、アメリカ全土の中で要衝の域にあったのか、そのあたりも説明があると判りやすいと存じます。
- 同じく、再建の部分で「綿花」が主要な産業として発達した旨の説明がありますが、これは、明示的に再建の手段として綿花が選択されたのか、それとも、自然発生的に綿花が適していると再発見されたのか、そのあたりが判るとよいです。
- 交通 の節で州間高速道路が周囲へ延びる接続関係と12本の放射状の道路の説明が有りますが、これは簡単な図解があるとわかりやすいと存じます。
- 同じく、公共交通機関の説明で、「デルタ航空最大のハブ空港である同空港には、全米各地のみならず~も就航している。」の部分は、デルタ航空のハブ空港であることと、世界への路線がある事との因果関係がどうなのか疑問に存じました。
- 同じく、鉄道・地下鉄の説明で、市の歴史の初期に鉄道交通の要衝であったという説明があり、その鉄道が今、どうなっているのかが疑問です。モータライゼーションの中で鉄路が廃れ、改めて公共機関としての地下鉄がつくられた、という理解で宜しいのでしょうか。
細かい点で申し訳ありませんが。東 遥 2008年11月15日 (土) 10:44 (UTC)
[編集] 日本の経済
9/30最終版:2008年9月23日 (火) 16:44 - 10/31最終版:2008年10月25日 (土) 22:33 - 差分
(執筆者コメント)正直言って、時間不足で基本的なデータ--GDPの基礎統計、第1次産業の推移、第2次産業の一部しか――加筆できませんでした。一人でマクロ経済全体と各産業、マクロ経済の諸問題を取り上げてまとめるというのは無理だなと思いました。白旗です...orz。また、周知のとおり、世界金融危機_(2007年-)以降、金融業のみならず、自動車産業・電気機械の動向(まだ、不確定要素が多く書く気にもなれませんでしたが)が混沌としておりますので、どうしたものかと思います。とっつきにくい内容があるかもしれませんので、簡単に構想として最低でも書かねばならない作業として以下のことを挙げておきます(箇条書きにしているのは当方の思い込みのところもあるので再構成はいくらでも)。
-
- マクロ経済政策:金融政策は日本銀行をあげておくこと、また、ゼロ金利政策・量的金融緩和政策も書く。財政問題は公共工事の無駄とか「霞が関埋蔵金」を織り込んだ形で一般会計のみならず特別会計まで記事に盛り込む。
- 経済格差:昨今の、派遣・請負などの労働問題、ジニ係数などを統計データを盛り込んだ形で加筆する。
- 歴史:日本の経済史の記事があるが、現代の分に関しては、こちらに極力盛り込みたい。とりわけ、高度経済成長でなぜ、1960~1970年代前半に可能だったかについての記述。(本当は経済成長理論の論文あたりから持ってきたいがそんな時間がなく…orz)
- 各種産業:最低でも化学、自動車、建設業、金融業は統計を持ってきて加筆できるかなと思う。電気・電子機器では、任天堂vsソニーのゲーム戦争は書きたかったなと思う。(任天堂は時価総額でもトップクラスだけに記事の内部にやはり欲しい)。
- 公害問題:四大公害病(奇しくも今回はイタイイタイ病が加筆コンクールに入っていますが)は歴史の中で入れておくべきかと。
他にもお気づきの点があればご指摘ください。--Wushi 2008年11月2日 (日) 14:50 (UTC)(5.を追加)--Wushi 2008年11月2日 (日) 15:03 (UTC)
- (ライバルコメント)幅広い内容を包括する項目となると、調査範囲も多岐にわたったことでしょう。果敢なる挑戦に敬意を表します。第一次産業から二次、三次に行くにつれて徐々に加筆量が少なくなっている辺りが何と言うか、ご苦労をしのばせます。質問ですが、加筆前にはあった素材産業と超微細技術産業・ナノテクノロジーの部分を削った理由についてお聞きしたいです。--Arawodas 2008年11月4日 (火) 10:29 (UTC)
- (回答)コメントありがとうございます。果敢なる挑戦というより無謀な挑戦といったほうが正しかったかも知れません。確かに私がこの記事に手を入れる前は、ご指摘の「素材産業、超微細技術作業・ナノテクノロジー」の節がありました(2008年10月11日 (土) 02:00(UTC)版以降、完全にコメントアウトの形式にしています。結論を先に述べますと、総務省ホームページ_日本標準産業分類(平成19年11月改定)(平成20年4月調査から適用)大・中分類項目新旧対照表(日本標準産業分類)には素材産業という漠然としたものはなく、E.製造業には、製品によって、09~32の中分類がされています。やはり経済の記事を書くからには何らかの枠組みを示しておきたかった、その枠組みとして日本標準産業分類が適当かなと考えた次第です。
-
- コメントアウトしている文章は以下のとおりです。
<!--====素材産業==== 光ファイバー、炭素繊維、ネオジム磁石、単結晶シリコン、二次電池、気層薄膜用インゴット、金属合金、セラミックス、各種触媒、粉体微細加工などの素材加工・応用品製造において世界シェアを有する企業を多く持ち、技術は世界最高水準にある。 金属、電池、半導体、化学の節に分解できる--> <!--====超微細技術産業・ナノテクノロジー==== [[ナノテクノロジー]]関連分野は、非常に発達している{{要出典}}??何を以って最先端というのか根拠を示してください。美辞麗句が多すぎです??。京都をはじめとする全国13地域で産学官連携による研究が推進されており、地域間の交流組織として「ナノ イニシアティブズ」がある。-->
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- 日本標準産業分類にそくして考えるならば、
- といったふうにに書いたほうが適当と考えます。同様の論法で、ナノテクノロジーも半導体関係かあるいはフラーレンやカーボンナノチューブに代表されるように化学に書いておいたほうがいいと思います。そのため、コメントアウントしています。
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- 最先端の研究分野が自動車や鉄鋼業などのように一産業として確立していけば、日本標準産業分類の枠組みにとらわれることもなかろうと思いますが、まだシーズ段階の2008年現在では一つの節として書くのは不適当だと思います。また、「非常に発達している」といった文言は数字で表せないならば只の美辞麗句に過ぎません。経済に関する記事ですので定量的・定性的な根拠が欲しいと思います。以上、長々とコメントしましたが、また質問があればよろしくお願いいたします。--Wushi 2008年11月4日 (火) 13:55 (UTC)
- (コメンテーターコメント)(長いので全てに目を通してはいないのですがごめんなさい)話題を厳選しているため、大きなテーマなのにまとまった記事になっている点が優れていると思います。あえて割愛したのかもしれませんが、個人的には税制、決済制度(手形制度など)、軍事費などの外国との比較や、主要関係国(主要国以外では例えばインド、ベトナムなど)との経済関係も気になるところです。また、英語版にはkeiretsuって節があるのですが、これが日本特有の制度ならば触れておく必要があるかもしれません。(単に私の見落としですでに書かれていたらごめんなさい。)ただ、1記事にまとまっている点がいいと思うので、あまり肥大させて分割になるなら今のままがいいかも。--Freetrashbox 2008年11月4日 (火) 13:55 (UTC)
- (回答)コメントありがとうございます。Freetrashbox氏のコメントに対して、箇条書きで書きたいと存じます。
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- 税制・決済制度は正直言って手つかずですorz。財政政策・金融政策についてまったくもって書いていないので、折を見て、一つの節を立てて書ければなと思います。また、軍事費は防衛のほうがいいのかもしれません。金額とGDP比約1%くらいはこの記事で取り上げていいのかもしれませんが。
- 系列に関しては日本の経済#第3次産業の金融業のところで、メインバンクシステムの確立で書けるのかなともやもやと考えています。keiretsuは日本のことにもかかわらず、日本語版にないという不思議な現象が起きているんですね。たぶん、en:Economy of Japanの大本の記事がCIA_FACTBOOKから来ているからと推測されます。この記事を日本語訳したほうが早いのかな・・・orz。
- 貿易関係についてもどうしようかと考えています。インドはスズキ_(企業)が自動車工場を建設し、シェアも相当高いのは知っていますし、ベトナムには家電メーカーやアパレルメーカーが進出しているんですが、貿易額だと上位20位には入ってこないんです。中華人民共和国の経済、インドの経済のように貿易の節を作って独立させるしかないかと思ってはいますが、そうすると日本の経済#概要の貿易等の節との関係がごちゃごちゃになるし・・・苦慮しているところです。
- 回答になっているんだかなっていないんだか、うんうん唸っているところだけはご理解ください。コメントありがとうございます。--Wushi 2008年11月4日 (火) 14:30 (UTC)
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- (審査員コメント)非常に包括的な記事で読み応えがありました。ただ、細かい点の感想や疑問を少々。
- 締め切り時点でのコメントアウトの多さが目を引きましたが、質的向上を目指すという加筆コンクールの趣旨からすれば、既存の主観的・非中立的な記述を色々整理なさろうという姿勢は、高く評価されてしかるべき点だと感じました。ただし、建設機械の節のコメントアウトは、本来ノートでやるべき話ではないでしょうか。また、時間的制約によるものでしょうが、「国民一人当たりGDPの下落」の節前後で出典のない「指摘もある」「意見もある」などが整理されきっていない点も気になりました。
- 畜産の節などでは細かい数字が出過ぎではないかと感じました。関連記事がない項目の場合、この記事で統計的裏付けを示さざるをえないというのは理解できるのですが、包括的な記事のスタイルとしてどうかという気がしないでもありませんでした。例えばグラフにすることで視覚的に分かりやすくするといった工夫があれば、などと無責任に思わないでもありませんでしたが
- 農業の節の「農家の多くは、他に仕事をもつ副業的農家である」という表現が引っかかりました。文脈からすれば、かつての分類で言う「兼業農家」と同じ意味で使われているようにも見えますが、『日本国勢図会2008/09』p.134欄外の「副業的農家」の定義とは、若干ずれているように思います。農家の半分以上が「副業的農家」なのは事実ですから、農業センサスの定義通りに使われているのかもしれませんが、だとすると「他に仕事をもつ」という形容は不適切ではないか(=もうすこし詳しく書くか、いっそ省かないとミスリーディングになりうるのではないか)と思います。--Sumaru 2008年11月6日 (木) 11:08 (UTC)
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- (回答)返信遅れました。力及ばずながらの回答です。
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- 第1のコメントの前半(建設機械)に関しては、日本国勢図会には掲載されていないし、加筆前からコメントアウトの状態でした。アナリストのレポートかコマツ、日立建機、キャタピラーの社員の方ならわかるのかもしれませんが・・・。
- 第1のコメントの後半(「国民一人当たりGDPの下落」の節前後)に関しては、そこまで手が及ばずということで今後の課題ということになるかと思います。
- 第2のコメントに関しては、ExcelのグラフからJPEGに落とす方法がわかればvisual面で対応できるかと思います。畜産以外にも時系列データのグラフ化しないといけないもの(水産業とか実質GDP成長率の推移とかありますので)も方法がわかれば、アップできるかと思います。
- 第3のコメントに関してはご指摘の通り修正いたしました。--Wushi 2008年11月15日 (土) 08:05 (UTC)
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- (回答)返信遅れました。力及ばずながらの回答です。
- (運営委員コメント)非常に大きなテーマをまとめて、INDEX的に判り易くまとめていらっしゃると存じます。冒頭の部分は、現在の版に到るまでに更に加筆されていますが、これは、概要の中に移すか、概要の中の歴史に併せるくらいがよいかもしれません。細かい事にまで立ち入る事ができず申し訳ないのですが、読んでいて気になったのは、表現的にまだまだ工夫が出来る個所が散見されると存じます。「概要」の中の「産業」の中で「工業用ロボットなどの付加価値の高い、独自の技術をひねり出すケースも各所で見受けられる。」は、創出するなどが宜しいかと存じます。個人的には直ぐ下の「金融」のところは、間接金融に触れる序に窓口指導などの政策もあったことを触れても宜しいかなと存じますが。表現の面は今後もブラッシュアップしていかれると読みやすくなると存じます。大分な記事の編集お疲れ様でした。2008年11月15日 (土) 14:58 (UTC)
[編集] マーシャル・プラン
9/30最終版:2008年9月6日 (土) 15:32 - 10/31最終版:2008年10月27日 (月) 04:31 - 差分
- 本格的な経済の記事の加筆ありがとうございます。特に、「フランス、イタリアの外貨不足による国家破綻の可能性とその救済のためのマーシャル・プラン実行」は、今般のサブプライム問題を起因とする新興国からの資本流出、外貨不足(アイスランド、パキスタンなど)と何か通じるものがあると感じます。質問は、以下の1点になります。
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- 「要出典」が1ヶ所のみ残されています(「東欧の離脱」節)が、ソ連ないしは、イギリスからの外交文書で裏づけできそうでしょうか?--Tantal 2008年11月1日 (土) 12:01 (UTC)
- (回答)残念ながら、現在のところ裏付けとなる記述が発見できておりません。この一件は私の無学を晒す結果となっており、大変恥ずかしく思っております。可能であれば、その筋の専門家の助言を仰ぎたいところですが。--Lombroso 2008年11月3日 (月) 06:53 (UTC)
- (審査員コメント)単に反共の施策であると理解していたところ、こんな出来事があったのか、と詳細に追って記述していただき、個人的には感謝する次第です。一般には「いつ行われた=始まったか」が触れられていますが、「どのように終息したか」というのは余り伺わないので、そこまで丹念に追ったのは新鮮な視点でしたし、具体的な経済の動向・援助の内容を見るのも新鮮でした。残念ながら細かいところまで追いきれないのですが、全般に上からの視点というか、制度の視点からの記述が主ですが、これが市民からどのように受け取られたか、その視点・評価もあれば、尚、理解が深まったかと存じます。大分の編集お疲れ様でした。東 遥 2008年11月15日 (土) 11:56 (UTC)
- (回答)世論の反応に関して、私は生憎多くを存じないのですが、ごく簡単に。復興4箇年計画の策定を終了した欧州の外交官らが米国を視察したとき、米国民が援助計画について余りに無知であることに驚いたといいます。1947年秋の時点における米国民は、マーシャルが演説の中でいみじくも語ったように、大西洋の向こうの出来事を把握することが困難な状況にあったといえそうです。のちにとある機関が実施した世論調査によると、世論は概ね援助計画を支持したそうで、特に過半数の国民がこの援助を慈善事業と捉えていたことが注目されます。共和党が多数を占める議会は反共政策としての援助を重んじ、トルーマン政権も共和党の支持を得る必要もあり、こうした路線にやや擦り寄った嫌いがある(典型例がトルーマン・ドクトリン)わけですが、少なからざる数の国民は議会と異なる援助観を持っていたようです。--Lombroso 2008年11月16日 (日) 12:31 (UTC)
[編集] イタイイタイ病
9/30最終版:2008年9月8日 (月) 00:18 - 10/31最終版:2008年10月25日(土)09:12 - 差分
- (質問)脚注をうまく使いながら、必要最低限の記述が達成されたと思います。水俣病、四日市ぜんそく、新潟水俣病とならぶ、日本の高度経済成長時代の負の側面の記事を丁寧に叙述してあると思いますが、「要出典」タグが文頭に残されています。その点に関しては、何か、いい案がありますでしょうか?--Tantal 2008年11月2日 (日) 04:02 (UTC)
- (審査員コメント・質問)富山県神通川下流域の鉱害について経緯・訴訟を含め幅広い面から記述戴いていると存じます。
- イタイイタイ病の命名の経緯について略最後にまわしたのは何か理由がおありでしょうか。
- 「イタイイタイ病」では神通川の話が第一に思い起こされますが、日本では他にもカドミウム鉱毒による同様の公害が幾つかあります。これにちついても簡単に触れて置くとよいでしょう。
- 公害の損害賠償訴訟について、従来の裁判事例からは民法709条の規定により因果関係の立証に膨大な科学的データ用いた過大な立証責任が要求されると考えられたところを、被告側企業の立証責任が必要と方針が転換した面についても触れると宜しいかと存じます。
以上、コメント・質問させていただきます。東 遥 2008年11月2日 (日) 11:28 (UTC)
- (回答)高評価してくださりありがとうございます。早速、ご質問にお答えします。
- まず、Tantalさんのご質問について。「要出典」タグは除いておくべきでした。加筆前は出典の問題で何度か議論があって特定版削除も行われました。それで「要出典」タグを除くのをためらってしまいました。しかし、この質問を見た後にこの記事を雑草取りをしてくださったMinqueさんにこのことに関して質問したところ「取っといたほうがよい。」というご回答を得ましたので除いておきます。
- 次に東 遥さんのご質問について。イタイイタイ病の命名の経緯の節は加筆前から最後にあったのでそのままにしておきました。展開上、前半に移動したほうがよかったと後悔しております。イタイイタイ病と類似の公害についても「関連項目」の節にて軽く触れておいた方が公害の記事としてより充実しそうですね。コンテスト終了後にじっくり調べてやっておきます。イタイイタイ裁判の件ですが、そういう裁判制度については詳しくないので私の手では改良することができないかと思います。もし、機会があればやっていただくと嬉しい限りです。--ネプチューン 2008年11月3日 (月) 04:28 (UTC)
- (審査員コメント)名前は良く知っている病気ですし、メカニズムや経緯も多少知っているつもりでしたが、初めて知ることも色々あり、興味深く拝読させていただきました。
- 出典の提示が丁寧で、検証可能性の向上という点で高く評価できると感じました。
- 細かい点ですが、原因究明の節冒頭で唐突に「記事が掲載された」とあるのが分かりにくいと感じました。おそらく最後の方に出てきた富山新聞の記事のことなのでしょうけれど、その辺りが明記されないとどの媒体に載ったものなのか、判断がつきにくいのではないでしょうか。--Sumaru 2008年11月6日 (木) 11:08 (UTC)
- (ライバルコメント)加筆お疲れ様です。健康被害の症状、公害の発生や訴訟の経過などについて詳しい記述が加わり、出典も丁寧に明示され良くなったと思います。名前は有名ですが、詳細はよく知らなかったので興味深く拝読させていただきました。
- 出典がほぼ「富山大百科事典」に限られているのが気になりました。百科事典は資料としては三次資料であり、その情報源となっている一般的な書籍や研究などの二次資料があるはずですから、そのような資料にも当たって、二次資料を出典とできる部分についてはそちらを出典とするとよいと思います。
- 上のコメントと絡みますが、主な出典が1976年と古いものであるのが気になりました。32年間で症状に対する知見の進歩や病気に関わる環境の変化などがあるかもしれません。記事中では1980年代以降の話があまり出てきませんが、未だに患者認定を受けることができず苦しんでいる人々もいるということですし、近年の話をもう少し盛り込んでほしいと思いました。Enirac Sum 2008年11月15日 (土) 14:20 (UTC)
- (コメント)出典が古いとのご指摘に関してですが、出典の刊行年に関しては私が補完になるようにと詳しく調べて調査して記入したものですが間違えておりました。出典の明記をした本人でない訳で私の早とちりに過ぎませんでしたし、とてもよくない行為でした。ネプチューンさんからもご指摘を受けましたが、1994年刊行との事です。この点、訂正させて頂きます。--minque 2008年11月16日 (日) 10:56 (UTC)
[編集] 秋田弁
9/30最終版:2008年9月1日 (月) 17:42 - 10/31最終版:2008年10月31日 (金) 23:52 - 差分
- (質問)明治以前の文献が数少ない中で、これだけの加筆をされたことに驚嘆を禁じえません。他の方言の記事が「独自研究」色が強いものも多いだけに、言語学の記事の嚆矢たりえると思います。肥筑方言話者の私が聞くのもなんですが、津軽、盛岡、庄内といった隣接する方言群と共通あるいは相違する語彙とかが分かれば、東北方言の中における秋田方言の特色が打ち出せると思うのですが、いかがでしょうか?--Tantal 2008年11月2日 (日) 04:41 (UTC)
- (ライバルコメント)方言研究じたいは多少見てきたものもあったのですが、方言の大観というと、あまり長いものを目にすることもなかったので、ていねいにまとめるとかほどのものになるのかと、たいへん驚きました。以下、気になった点を箇条書きに。
- 方言学では〜弁は使わない、とのことで、これはあやまりではないとは思うのですが、さして一言語体へのコメントとして重大でない問題と、この項目にも関係する問題のふたつがあるように思います:
- 方言学あるいは、言語学における〈言語単位〉に関する用語に関する議論として、〜言語、〜方言と〜弁の選択をめぐる問題はもっと複雑な問題ではないだろうか
- なぜ秋田県を単位とする言語体について、秋田方言ではなく秋田弁を(積極的、あるいは消極的に)選択なさったのか(本文における記述では秋田方言と記されているのですし)
- 参考文献ですが、編者が立てられているものは、ほとんどが論文集ではなかったでしょうか(記憶が正しければ、飯豊ほか編、井上ほか編、小林編、小林ほか編はそうだったように思いますし、とりわけ、井上ほか編は、既発表論文をアンソロジーにしたものですから、その処置が必要であるように思います)。そのようなものについては論文名と筆者も明示くださるとありがたく存じます。
- 方言学では〜弁は使わない、とのことで、これはあやまりではないとは思うのですが、さして一言語体へのコメントとして重大でない問題と、この項目にも関係する問題のふたつがあるように思います:
- 枝葉に属することではありますが、ご検討ください。 Kzhr 2008年11月3日 (月) 12:59 (UTC)
- (加筆者コメント・回答)加筆者です。コメント頂きありがとうございます。今回の記事については4月ごろから本格的な文献調査を始め、8月ごろから記事本文の執筆に取り掛かりました。その結果、音韻、アクセント、文法についてはかなり詳細に書くことができましたが、それらの部分に時間を割きすぎ、語彙や歴史の部分はかなり手薄になってしまいましたし、音韻、アクセント、文法の詳細を別記事に分離させることを決めたのが締め切り数日前だったので、本記事と子記事との内容の分担にもやや不安が残っております。音韻、アクセント、文法が日本語の歴史の流れの中でどう位置づけられるか(古い日本語を残す面や共通語以上に変化が進んでいる面はどこか)に関する記述も今後の課題です。秋田弁が使われている看板や道路標識などの実例の写真も今後可能ならば取り入れたいです。
- 隣接する方言と連続する現象、逆に相違する現象にはどのようなものがあるかというのは大変興味深いところで、国立国語研究所の『日本言語地図』や『方言文法地図』といった既刊の言語地図から分布が明らかにされている語彙や語法もありますし、それらを基に東北方言の中での語彙の分布を論じた研究もあります。今回は手が回りませんでしたが、語彙や語法の分布図は上記の言語地図から今後是非取り入れたいと思っています。
- 「-言語」と「-方言」の違いについては確かに複雑な問題がありますが、今回の対象は「秋田語」のように扱う向きは特にないので問題とはしませんでした。「秋田弁」を採るか「秋田方言」を採るかは迷いました。一般には「秋田弁」と呼ばれるのが普通です。一方、方言学者による方言学の文献では、「東北方言」「四国方言」のような広いものから「秋田方言」「鹿角方言」のような狭いものまで方言一般を「-方言」と呼んでいるものばかりで、「-弁」と呼んでいるものはほとんど見つけられなかったので、方言学では「-方言」という呼称を用いるのが一般的だと判断しました。しかし、以前にノート:日本語の方言で個別方言の記事を「-弁」から「-方言」に改名しようという提案をして、ほとんど同意を得られず撤回したという経緯がありましたので、記事名を「秋田方言」に改名するというのは現時点のコミュニティーの意思に反すると判断しました。そこで、記事名は一般的な「秋田弁」のまま、方言学的な文脈では方言学の慣用に従い「秋田方言」を用いることにしました。結果として記事名が「秋田弁」なのに本文ではほとんど「秋田方言」になってしまい、ちぐはぐな印象が否めないかもしれませんが、現時点ではこれ以上の解決策が思いつきません。
- 参考文献の中で、井上ほか編は確かに既刊論文のアンソロジーですので、出典の部分には論文名と著者を明示していましたが、参考文献の部分にもどの論文を参考にしたかを改めて明示致しました。また他のものに関しましても、各部分の著者が明示されているものは参考文献の節に示すようにしましたのでご確認ください。Enirac Sum 2008年11月4日 (火) 01:36 (UTC)
- (審査員コメント)一つの方言についてここまで詳細に説明が為されのか、と感動いたしました。なんというか、この内容、音韻やアクセントの部分を忠実に学習すると、聞いた事のない秋田弁を喋ることができるのではないかと錯覚する程です。一方で、音韻・アクセント・文法については、個別の記事も立っているので、もう少しそちらに譲って、本稿は簡略化しても良いのかな、と存じました。構成としては、歴史の節がもう少し前にあってもよいかと個人的には存じます。欲望を言えば、実際に話される秋多弁の音声が貼り付けられる、乃至は関連へのリンクがあると、言語の解説としてはカンペキじゃないかと。大分の編集お疲れ様でした。東 遥 2008年11月15日 (土) 12:43 (UTC)
- (加筆者回答)コメントありがとうございます。私は分割作業の際には本記事だけを読んでも一通りのことは分かるようにと思って本記事にやや多めに内容を残したのですが、改めて見てみると確かに子記事とかなり重複していて冗長なところもありますので、本記事で削れる部分は削ってみます。歴史が最後になっているのも確かに再考の余地はあるのですが、言語自体についての部分(音韻・アクセント・文法・語彙)は一まとまりであるのが自然と考え、それらの説明の前よりは後に歴史を置くのがよいと考えまして現時点ではこのようになっています。音声は、音韻の説明で実際に(例えば単母音の発音などを)聞けるようにできれば一番いいのですが、私自身は共通語化が非常に進んだ若年層にあたりますので私自身の音声は使えませんし、本文中に組み込むのはちょっと難しいところです。実は末尾にある外部リンクの「秋田の昔話」「秋田の民話」というページで秋田弁による昔話の読み上げの音声を聞くことができるのですが、今の状態では目立たないですね。これについては後で説明を加えておきます。Enirac Sum 2008年11月15日 (土) 15:16 (UTC)
[編集] 記念貨幣
9/30最終版:2008年9月20日 (土) 21:01 - 10/31最終版:2008年10月31日(金)20:55 - 差分
- (審査員コメント)歴史から説き起こし、これまでの発行事例、根拠法、変遷、最近の各種の要素を手際良く且つ丁寧にまとめていらっしゃるところ脱帽いたします。「記念紙幣」というのもあるんですか、感心しました(笑)。とても読み応えがある記事ですし、「記念貨幣」を知る手がかりとして最初に読むべきとお勧め出来る内容と存じます。東 遥 2008年11月2日 (日) 10:28 (UTC)
- (ライバルコメント)加筆お疲れ様です。日本以外の情報を集めて世界的な観点から説明するのがなかなか難しい題材だろうと思うのですが、日本以外の地域にも広く目を配った解説がなされているのが大変良い点だと思います。図版も多く視覚的にも楽しく読むことができました。以下多少気になったところを述べされていただきます。
- 日本における記念貨幣の節が全体の分量の半分ほどを占めていますが、これだけの分量があるのなら「日本の記念貨幣」などとして独立した記事にしてもよいのではないでしょうか。今の分量の比率だとJPOVであるという感じを受けます。また贅沢を言うなら、日本以外の国についても日本と同様の詳しい解説(別記事に分離?)を是非読んでみたいと思いました。
- ローマ帝国も記念貨幣を発行していたということで歴史の長さに驚きましたが、その後近代までの説明が空白になっているので、そこについても説明があるとなおよいと思います。例えば中世には記念貨幣は発行されていたのか、どんな国家がどのような経緯で記念貨幣を発行してきたのかなどについてももう少し具体的に知りたいところです。Enirac Sum 2008年11月15日 (土) 14:25 (UTC)
[編集] 死刑存廃問題
9/30最終版:2008年9月27日 (土) 18:42 - 10/31最終版:2008年10月31日 (金) 13:32 - 差分
- (審査員コメント)非常に大分の記事の編集・整理、お疲れ様です。以前よりは大分見通しが良くなったかと存じますが、やはり大分ですし、読むのはなかなか努力が要りました。具体的な実例が丁寧に数多く全般にちりばめられている点は、記述に説得力を持たせていますが、一方で、文章の中に事例をどの様に組み入れるかは工夫の余地があるやに思われます。「αという実例をみて(も)、βであることが分かる」という説明ですと、論旨が何か把握するまでに読む情報が多くてちょっと疲れますので、「βの視点・指摘もある、実例としてαがある」という書き方にすると、先に前提が分かるので読みやすくなると存じます。まだまだ書き掛け、編集の途中と存じますが、今後も編集に邁進いただけると幸いです。東 遥 2008年11月2日 (日) 12:05 (UTC)
[編集] 山内清男
9/30最終版:2008年7月22日 (火) 07:02 - 10/31最終版:2008年10月31日 (金) 23:59 - 差分
- (質問)私たちの日本史の教科書を書き換えた人物であるということをこの記事を読んで理解できました。希望するところは、やはり、画像が欲しいというところですが、いかがでしょうか?--Tantal 2008年11月3日 (月) 02:41 (UTC)
- (回答)ご質問ありがとうございます。画像の追加案ということですが、例えば「縄文原体」は粘土と縄で自作できますので今すぐにでも可能です。矢柄研磨器についても今イメージ検索していたら、たまたま概念図と実物の画像を掲載して、且つ有溝砥石について詳しくまとめたページがあったので、すぐにリンクを張ろうかと思います。ただ、土器に関しては博物館に展示されていることが多く、しかも当方は九州に住んでいるので、山内が研究地域としていた関東・東北の縄文土器については既存の画像でカバーするしかありません。そして(おそらく最大の懸案である)山内本人の写真についてですが、今イメージ検索してみましたが見当たりませんし、1970年の『考古学ジャーナル』49号、1974年の佐藤達夫『山内清男集』、1995年の明治大学考古学博物館編『考古学者―その人と学問』、1996年の山内清男先生没後25年記念論集刊行会『画竜点晴 山内清男先生没後25年記念論集』、入手しやすい本では岩波新書黄版209の芹沢長介『日本旧石器時代』、2006年の新東晃一『上野原遺跡』に山内の顔写真が写っています。ただ、いずれも著作権上転載はクリアできそうにも無いので、どうしても顔が気になる人は、そちらを(最寄の図書館、もしくは博物館か埋蔵文化財関係の施設で)ご参照頂きたいとしか当方には言えません。ただ、他の画像についてはできる限り追加したいと思っております。--厄無し 2008年11月3日 (月) 13:05 (UTC)
- (審査員コメント)「縄文式土器の紋様は縄を転がしてつけられた」当たり前の様に学んできた事柄を提唱した方について、その人となりから簡潔に纏めていただいたと存じます。また、業績についても概観できるところが、読みやすいと存じます。一点、「東京帝国大学人類学教室」の末尾で、「大半を衛戍病院で過ごして除隊されている。」とありますが、これは何らかの病気の為に病院に入院せざるを得ず、また、その病気の為に除隊の処分をうけた、という理解で宜しいでしょうか。このあたり少し詳細に書いていただくと宜しいかと存じます。東 遥 2008年11月15日 (土) 13:00 (UTC)
- (回答)長らく回答できなくて申し訳ありません。この記述は、参考文献にも挙げている佐原真の「山内清男論」に記載されていたのですが、深く触れられておらず、また他の文献には記載を見ることが出来ませんでした。従って、どういう事情で入隊し、また除隊されたかは当方も不明としか言えません。今後の課題になるかと思います。--厄無し 2008年12月6日 (土) 13:18 (UTC)
[編集] ヒンドゥー教
9/30最終版:2008年9月27日 (土) 01:26 - 10/31最終版:2008年10月31日 (金) 23:56 - 差分
- (質問)インド関連を加筆するうえで、必ず避けて通れない記事に果敢に挑戦されたかと思いますが、ちょっと加筆された上での修正で気になった点がいくつかありますので。質問です。
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- キリスト教、イスラームが世界宗教へ発展を遂げたのに対して、ヒンドゥーがせいぜい、インド亜大陸と東南アジアにまでしか波及しませんでしたが、加筆される際に、東南アジアにおけるヒンドゥー(バリ・ヒンドゥーなど)が広がっていく課程を盛り込まなかった理由を教えてください。
- ここから先はかなり、専門的になるのですが、イギリス領インド帝国において、ラーマクリシュナなどによる改革、タミル・ルネサンスなどを盛り込んでいますが、参考にされたかどうか教えてください。
- Wikipedia:ウィキプロジェクト_世界遺産の怠慢にもなるので恥ずかしいことになるのですが、ヒンドゥーに基づく建築、音楽、詩歌や韻文といった文学面からの加筆は、いかがでしょうか。--Tantal 2008年11月2日 (日) 08:22 (UTC)
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- (お返事)Miya.mです、今回初めてA分野で投稿しました。早速のご質問ありがとうございます。まず一つ目について、この項目に注目した動機が、「インドについて知りたい!」という点から始まりましたので、集めた参考文献もインド主体になっていました。加筆中に「他国もいろいろあるなあ」と感じていましたが、執筆までは手が届きませんでした。ふたつめ、ラーマクリシュナの記事は読んでいましたし、近世のサティー禁止運動や『サードゥ』なども書きたかったのですが、時間不足+力不足でした。三つ目、文学面からの加筆は今の私にはちょっと荷が重いので、これから勉強します。Miya.m 2008年11月2日 (日) 13:14 (UTC)
- (ライバルコメント)Miya.mさん、加筆作業お疲れ様です。重要項目の1つである本項の充実度が大幅に増したことは、大変喜ばしいことです。参照に値する記事に見事成長したことを踏まえ、私の関心に惹きつけて若干の要望を。
- タントラ文献の充実に伴う礼拝儀式の発達
- 女神信仰を説くシャクティ派の隆盛
- イスラム教の流入による一神教的傾向の強まり
- ラーマーヌジャ(11世紀)やチャイタニヤ(16世紀)といった人物の登場が、その後のヒンドゥー教に及ぼした影響
- 英国支配下でのキリスト教の影響、及びそれへの反発としての新派の登場
- これらについての説明が加わると、さらに厚みが増すのではないかと考えております。それから、「ヒンドゥー教美術」の項目がいまだ存在しないことを今回初めて知りましたが、将来立項されるといいですね。--Lombroso 2008年11月3日 (月) 06:53 (UTC)
- (コメンテータ・コメント)加筆作業、お疲れさまでした。加筆前と加筆後を読み比べてみた印象では、確かに文章量や内容が豊かになっているという感はしますが、質的な向上があまり感じられません(失礼な言い方で、お詫び致します)。古代のバラモン教が変化・展開してできたのがヒンドゥー教なのか、バラモン教はヒンドゥー教の一部なのか、別の宗教か、同じ宗教の初期形態と展開形態(世俗化・流布形態)なのか、おそらく後者だと思うのですが、記事からは、両者の関係がはっきり見えて来ません。無論、これはヒンドゥー教自体が多様であり、神や教義が厳密に定義された「アブラハムの宗教」とは、非常に異なるものであるので、やむをえないものだとも言えます。
- ヒンドゥー教は、インドを統治したイギリスが各地の様々な宗教を総括して呼ぶために造った名称だという説明があります。「ヒンドゥー教の概念規定」はすると、この人為的な総称宗教創始から逆に共通項を取りだしてきたとも言えます。
- また重要なこととして、「共通項」の背景にある「神学」が説明されていないことがあるように感じます。この神学はヴェーダーンタ哲学と呼ばれるものですが、ここでは不二一元論が根本にあったと思います。三神は結局、根源のブラフマンの時間・現象における現れであり、人は本来アートマンであるという思想です。
- ラーマクリシュナのような聖者は、カーストを超越しているのであり、またインドには多数の小型のラーマクリシュナ(聖者)が現在もおり、人々は聖者に帰依して解脱やサンサーラでの救いを求めているということもあると思います。
- 加筆者の方は、宗教などには詳しくないがチャレンジしてみたとのことで、それはたいへん貴重なことだと思います。--Stella maris 2008年11月3日 (月) 12:20 (UTC)
- (お返事)Miya.mです。素人が調べて書いたものですので『質的な向上があまり感じられません』については、自分でも全くご指摘の通りと思います。執筆者よりもコメントされる方のほうがお詳しく、(汗顔の至り|ガマの油)状態です。今後皆様のご指摘について勉強しながら加筆出来るところから加筆したいと存じます。個人的には加筆の際の勉強が「インドを知る」手がかりになったと思っています。ちなみに「祭礼」にもありますように、インドでも祭りは庶民にとって楽しいもののようです(独自研究)。私も「コンテスト|お祭り」を楽しませていただいています。Miya.m 2008年11月4日 (火) 17:18 (UTC)
- (審査員コメント)専門的な知識のある方から見るとまた違ったようですが、私などにとっては色々と勉強になる記事でした。なお、下らない疑問なのですが、冒頭にある「インド教」についての言及について、言語間リンクにあったzh:印度教との関係はどうなのだろう、と思いました。--Sumaru 2008年11月9日 (日) 11:37 (UTC)
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- (お返事)中国でも「印度教」と呼ぶそうです。『インドを知る辞典』より。言語間リンクを考えれば、本文に書いておいたほうが良いですね。Miya.m 2008年11月9日 (日) 12:49 (UTC)
- (審査員コメント)以前より充実したと存じます。細かい質問ですが、「ヒンドゥー教の特徴」の中に「ブラフマー・ヴィシュヌ・シヴァは一体をなす」という旨の表記が御座いますが、これは、一つの存在が3つの姿をとって現れるという理解で宜しいのでしょうか。また、何故、信仰の対象としてブラフマーのかげが薄くなっているのかについて、の説明も簡単にあると、わかりやすいと存じます。編集お疲れ様でした。東 遥 2008年11月15日 (土) 15:16 (UTC)
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- Miya.mです。8世紀頃にヒンドゥー教に三神一体説というのができて、ブラフマー・ヴィシュヌ・シヴァが宇宙の創造・維持・破壊をつかさどるわけですが、「これら三つの役割を持つ三神は、実は同じ一つの最高神であり、三神は一体である」(森本達男 ヒンドゥー教 p113)とされています。ところがブラフマーはヴェーダに基づく「宇宙の創造力」を神格化したもので、ヒンドゥー哲学の中ではStella marisさんがご指摘された「不二一元論」の主体となる非常に重要な神ですが、現世のご利益があまり期待できない神様です。対照的にヴィシュヌとシヴァは自身はもちろん夫婦眷属にもご利益がたくさんある神様で、この辺が庶民の人気の差になったのではないかと思います。この辺は今調べている最中ですので、そのうち加筆したいと存じますMiya.m 2008年11月15日 (土) 16:31 (UTC)
[編集] 裁判外紛争解決手続
9/30最終版:2008年9月1日 (月) 01:43 - 10/31最終版:2008年10月31日 (月) 22:42 - 差分
執筆者です。限られた期間の中で時間を見つけて編集を行ったので1万バイトちょっとしか量は増やす事は出来ませんでしたが色々調べて具体的な手続きの様子や手続き機関、関連する外部サイトや書籍の紹介などを行いました。これから増々需要が高まり、裁判と並ぶ重要な存在となると思われるADRですでのとくに重要性や実用性の高い記事で有ります。重要な記事でありながら当初、情報量が少なく満足な情報が得られる記事ではありませんでした。しかし、当方で量、質の向上に努めた結果ADRを実際に利用しようと思っている人、興味がある人がADRについて調べる時に基本的な情報を得られるようになっており、さらに外部サイトや書籍の紹介を行っているのでそれを元に簡単にADRについて更に調べる事が出来るようになっています。記事の重要性、実用性を重視して質と量を審査を行ってもらえれば幸いです。--ABC-0120 2008年11月1日 (土) 06:48 (UTC)
- (審査員質問)現行制度の説明として充分な内容を把握できるまでに加筆いただいたものと存じます。ところで、
- アメリカで訴訟が多発しているためできた制度である。
- 「裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律」(ADR法)を定めてADRの推進が目指されている。
など、ADRが出来た背景や推進されている事は分かりましたが、それらの要素がどう関係しているのかが良く分かりません。総じて、現在の制度が出来るまでの経過等の情報が少ない様に思われます。
- 「アメリカで訴訟が多発しているためできた制度である。」とは、アメリカで訴訟の弊害が問題になりADRの制度が出来あがった、それを日本が参考にしたのか、それとも、アメリカで訴訟の弊害が問題になっているのを見て日本でADR様の制度を作ったのか、どちらでしょうか。
- 日本でADRを推進したきっかけは何か、また、誰が最初に推進の音頭をとったのか。
- 司法制度改革との関係は如何でしょうか。改革の一環として行われているのか、それとも独立した事柄なのか。
これらの点が、読んでいての疑問です。これに解答戴ける記述を加えられると、宜しいかと存じます。それから、他の紛争解決の手続き(民事調停、民事訴訟他)との違いについて表があるとわかりやすいでしょう。東 遥 2008年11月2日 (日) 10:12 (UTC)
(回答)加筆を行う予定です。--ABC-0120 2008年11月3日 (月) 04:05 (UTC)
(回答)加筆を行いました。アメリカで出来てから日本に広がった制度で記事で書いているような裁判の欠点を補うために司法制度改革審議会によってADRの推進を提唱されたことがきっかけです。司法制度改革の一環として行われています。--ABC-0120 2008年11月4日 (火) 10:24 (UTC)
- (ライバルコメント)情報量が増えて充実しましたが、読みやすさの点で損をしているかな、という気がします。もう少し読点を入れた方が読みやすいと思います。リンクも過剰気味なので抑えた方がいいと思います。項目名や書名にまで単語レベルのリンクを設けたり、「司法制度改革」に「司法」「制度」「改革」とそれぞれリンクを張ったりするのはあまりお勧めはできないです。で、質問を。
- 「ADRの推進」の項で、ADRの表記に全角と半角が混在してるのには何か意図があってのことでしょうか。
- 民事調停がADRに含まれない、または含まれるというのはそれぞれ誰による分類でしょうか。
- 以上、コメントと質問でした。--Arawodas 2008年11月3日 (月) 14:58 (UTC)
(回答)字体には何も意図はありません。ADRは「裁判外」で有るのに対し裁判所の調停は裁判の一種であるため、本来は含まれませんが国民生活センター等、実際には裁判所の調停もADRに含めて紹介する事が多いです。--ABC-0120 2008年11月4日 (火) 10:24 (UTC)
[編集] マンハイム
9/30最終版:2008年9月21日 (日) 23:37 - 10/31最終版:2008年10月27日 (月) 09:07 - 差分
- (ライバルコメント)名物料理の項目があると、行ってみたい、食べてみたいという気にさせられます。一点のみ。米軍及び施設の経済・文化的役割について。野球などのスポーツについては説明はありましたが、その他に「重要な役割を果たした」例はどのようなものがありますか。--Arawodas 2008年11月2日 (日) 11:52 (UTC)
