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Wikipedia‐ノート:独自研究は載せない

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

この記事は一度削除されています。削除に関する議論はWikipedia:削除依頼/Wikipedia:独自研究は載せないをご覧ください。

目次

[編集] 過去の議論

[編集] 「第三者による情報源が不足」という文言が量も意味する

「第三者による情報源が不足」というのは量的に感じられ多く必要となる感じがありますが、実際には著名な人物による出典を挙げるという意味であるように思います。従って、量的な意味も含有する「不足」ではなく有無を表す「欠けている」などに改訂するほうがいいのではないでしょうか?--Meltbeen 2008年2月5日 (火) 02:05 (UTC)

いいえ、ここでの文脈は少数派について、です。少数派の意見については「第三者による情報源が不足する」ことは容易に想像がつくでしょう。そこで、「同じ意見を持っている著名な支持者の名前を挙げるのは容易に違いない」と言っているわけです。ここでの支持者は英語版ではadhrentsと複数形になっていることに注意してください。--DoWhile 2008年2月5日 (火) 02:18 (UTC)
ありがとうございます。しかし、実質的にWikipediaに記述する際に、複数の脚注が必要とされるというような方向性にはなっていません。脚注がつけられる場合、著名な専門家などによる1つの脚注がついていることが多いですがそれで異論がない場合が多いです。--Meltbeen 2008年2月5日 (火) 05:10 (UTC)
現在の英語版(14:17, 30 January 2008)には、それを保証するためには、十分に信用できる、第三者による情報源が不足していることから、の一節は存在しません。この方針は、英語版の第何版の和訳という位置づけではありませんし、この節はなくても意味が通じますので、皆さんの同意が得られるなら、削除してもいいのではないでしょうか。--Isorhiza 2008年2月5日 (火) 06:03 (UTC)
では、削除の方向でどうでしょうか?--Meltbeen 2008年2月6日 (水) 00:30 (UTC)
英語版ではこの編集[1]で削除されています。この編集はen:User:SlimVirginにより独断で行われ、事後的にノートで議論され結果として承認されているようです(en:Wikipedia talk:No original research/Archive 15#Policy changes by SlimVirgin以降)--125.205.189.66 2008年2月6日 (水) 10:16 (UTC)
一週間ほど経過しましたので英語版の事情にも詳しい方がいましたら、当方よりも適任だと思いますので削除のほうをお願いします。--Meltbeen 2008年2月13日 (水) 11:30 (UTC)


一週間ほど経過とおっしゃられましてもその前に明示的な提案がないため、あらためて確認します。現在、Wikipedia:独自研究は載せない#Wikipedia:中立的な観点 の節にある

ごく小さな少数派にしか支持されていない観点を掲載することは、それを保証するためには、十分に信用できる、第三者による情報源が不足していることから、独自研究に認定される場合があります。

という文章を

ごく小さな少数派にしか支持されていない観点を掲載することは、独自研究に認定される場合があります。

に変えたいというご提案でよろしいでしょうか? 変更として重大ではありませんが軽微とも思えませんので明示的な合意が欲しいと思います。今からさらに1週間の間に賛成があり、大きな異論なしであれば書き換えを行います。--スのG 2008年2月13日 (水) 11:52 (UTC)

(コメント)「ただ単にごく小さな少数派にしか支持されていない観点を掲載することは、独自研究に認定される場合があります。」(強調は差分。英語版:…held only by a tiny minority…)とするのはどうでしょうか。ここで説明しているのはジミー・ウェールズの説明の3つ目のことで、2つ目で言及するのに意味がある少数派について述べられており、単に少数派をはじくものではないと思いますので。--Mujaki 2008年2月14日 (木) 16:38 (UTC)
それで構わないと思います。確かに only は一定の目的で入れられているように見えます。--スのG 2008年2月16日 (土) 12:06 (UTC)
一定期間たち異論がつかないと判断し、Mujakiさんの文案にて修正を行いました。--スのG 2008年2月22日 (金) 12:42 (UTC)

[編集] 文章の変更の提案

Wikipedia‐ノート:ノートページでの慣習的な決まり#基本方針はノートページに適用されるか否か での議論にもとづき、WP:NORの解説文の「また、他の基本方針同様、独自研究の排除は記事にのみ適用され、…」の部分を「また、他の記事内容に関するルールと同様、独自研究の排除は記事にのみ適用され、…」と変更すること提案します。一週間ほど待って異論がなければ書き換えようと思います。議論が分散しないほうがいいと思うので意見のある方はWP:TALKのノートへお願いします。--貿易風 2008年2月10日 (日) 07:49 (UTC)

変更しました。--貿易風 2008年2月17日 (日) 05:02 (UTC)

[編集] 「中立的な観点」について

他人の編集を中立的な観点でないという見解で修整することをライフワークにしているような人の編集は中立とはいえないのでは? --221.47.106.107 2008年2月26日 (火) 02:45 (UTC)

(コメント)修正によって独自研究や中立的観点の問題が是正されるのであれば、「中立とはいえない」と言う指摘は正しくないと思います。--Mujaki 2008年3月6日 (木) 15:09 (UTC)
「中立的な観点でない」という言葉を錦の御旗に、中立を通り越して反対側に引っ張っている(自分の意見に反する各論併記さえ認めない)人が居るようですが?122.214.72.243 2008年11月20日 (木) 01:42 (UTC)

[編集] 「発表済みの情報の合成」の範囲は?

本文中、「ある出典からAが得られ、別の出典からBが得られたからといって、A+B→Cであるという情報の合成をするのは、特定の観点を推進するため独自研究に該当する」とあります。

Wikipedia内の記事の中にはそれがそのまま該当するものもあるでしょうけれど、実際にはよりもう少し変形した、色々なパターンを見受けます。そういうものがどこまで独自研究と見なされるのか議論していただければと思います。

差し当たり一件お伺いしたいのは、以下のようなケースです。記事内である絵が引用されていて、「特定の集団に属する人が悪事を働いている」という解説がされていました。ところが引用元の書籍を実際に調べてみると、絵のキャプションこそその通りだったのですが、その書籍の著者はその絵が史実かどうかには一切触れていませんでした。なおかつ、その著者はあくまで「文化の違いから来る特定の集団に対する偏見が、のちの差別に繋がったのではないか」という文脈の中でその絵を引用していたのです。

つまり著者の意図とはかけ離れた形でその絵を引用しているわけで、ノートにて「さすがにそのような絵の引用の仕方には問題があるのではないか」と疑問を投げかけてみたのですが、相手方は取り合おうとしません。A+B→Cのような単純な合成形でなく、むしろA-α→β形の“情報の峻別”とでも言うようなケースですが、やはりこれも特定の観点を推進するようなやり方に思えます。問題ありと考えてよいのでしょうか。

なお、相手方はわざわざその絵だけで元の記事とは別の記事を立てていて、その点についても「ネット掲示板で話題になった絵だから別個の記事が必要なのだ」と言います。率直なところ絵の内容が内容だけに、恣意性すら感じています。--Yoh-yoh 2008年3月5日 (水) 19:51 (UTC)

どの記事かわかりませんが、そういうケースは単なるPOVであると思われます。絵は単に生の情報、一次情報ですので、論拠となる情報源ではありません。情報源とは、その絵を解釈した記述のことです。xxxx (19xx)は、。。。。。のように述べている。(参考文献:xxxx 19xx, なんとかかんとかに関する論考、XXX雑誌、nn, p. xxx-yyy)という形で引用できるものです。といっても、ここのノートで何か書いたからと言って、個別のケースの論拠にはなりません。削除依頼の方で議論されるとよろしいかと思います。--Isorhiza 2008年3月5日 (水) 23:19 (UTC)
Isorhizaさんも言われていますが、そのケースですと絵(一次情報源)にその人自身の意見を付け加えてる、あるいは著者の意見を改変しているケースのようです。よって、独自研究の定義にあるように「未だ発表されたことがないもの」(発表する意思があるのかは分かりませんが)に該当するかと思います。--青子守歌会話/履歴 2008年3月6日 (木) 08:18 (UTC)
では個別の問題は削除依頼等を検討します。一方「POVではないか」というご指摘は私も思いました。ではなぜ「ORにも該当するのではないか」と聞いたかと言うと、単なるPOV扱いだと「両方の説を載せれば問題解決」ということになりはしないかと思ったのです。しかし上記のケースですと片方の言い分はそもそも「筆者の意見を改変している」ことになるであれば、両方併記もふさわしくないのではないかと思えたからです。
あとまあ、似たようなケースは以前にも今後にもあり得るわけで、そうしたORかどうかの“判断の例”を色々議論しここで共有することは、有意義だと思ったしだいです。--Yoh-yoh 2008年3月6日 (木) 13:32 (UTC)

[編集] 誤訳

original researchを独自研究と訳されているようですが、ジーニアス英和辞典では「斬新な研究」であって、独自研究でありませんね。したがって、誤訳です。この項目について議論することが無駄ですね。「斬新な研究は載せない」というのは、確かに理にかなっています。しかしながら、バスおじさんの項はずいぶん斬新な研究のように思えますが、これについてはどういうことですか?—以上の署名の無いコメントは、Hooloo 234会話履歴)さんが 2008年4月5日 (日) 22:51 (UTC) に投稿したものです(Mujakiによる附記)。

(コメント)プログレッシブ英和中辞典などではoriginalについて「独自の」なども記述しています。また、英語版も日本語版も、未公表の内容を記述してはならない、という趣旨は同じで、単に斬新なだから載せないというわけではありません。日本語版は英語版の翻訳から出発(当初は「独自研究は載せない」ではなく「独自の調査」だったようだ)したものですが、表題を含めて日本語版の公式な方針として合意されています。内容等の大きな変更を行う場合は、合意を経る必要があります。なお、バスおじさんの件ですが、zh:巴士阿叔事件がベースのようで、中国語や英語版には新聞等の出典が記載されており、日本語版でも出典を示そうと思えば示すことができると思われますので、独自研究とはいえないと思います。--Mujaki 2008年4月6日 (日) 05:50 (UTC)
1つの記事がそうだからといって他の50万の記事にそれを適用する訳にいかないでしょう。そんなことをしてたらきりがない。--紅 美鈴 2008年4月6日 (日) 13:08 (UTC)
originalというのは、学術用語で、他で未発表のとか新しい研究に基づく というぐらいの意味です。original paperというのは原著論文と訳します。研究者の間ではオリジナルという言葉はそのままで理解されるはずです。ですから、無理に独自研究とか訳すよりは、カタカナでそのままオリジナルな研究、とでも訳した方がいいのでしょう。つまり、査読付きの学術誌ではoriginal contributionだけを受け付けてますが、Wikipediaでは逆にoriginal contributionは受け付けないんだよ、ということを意味しているのです。originalというのは研究にとっては最重要のことですから(英文学術誌のページにはほぼ必ずoriginalという単語が出てきます)研究業界では常識ですが、一般には理解しにくいかもしれませんね。Wikipediaの編集活動を通して、理解していただければいいのですが。--Isorhiza 2008年4月6日 (日) 14:04 (UTC)
ウィキペディアでなされる独自研究は殆どが研究者ですらない素人による自分の意見を押し付けるためのリサーチですから意味がかなり違うかと。--紅 美鈴 2008年4月6日 (日) 14:26 (UTC)
素人が書くから、荒唐無稽だからいけないのではなくて、たとえ書き手が専門家や研究者で内容が論理的にきちんとしていても、オリジナル・リサーチは掲載しない、というのがWikipediaのルールだということだと思います。--Isorhiza 2008年4月7日 (月) 13:32 (UTC)
執筆者が専門家、或いは所謂素人であるかにかかわらず、WP:RSにおける信頼される情報源に基づいて検証可能性を満足していない記述を"original research"と定義し、その掲載はWikipediaでは禁止されていると解釈しているのですがその様な理解で問題ないでしょうか。問題となっている"original"の訳語についてですが、Longmanから引用させて戴きます所、"original"の定義として"existing or happening first, before being changed or replaced by something or someone else"とされていることから、"before"以下の対応として信頼できる第三者の査証を経ていないという観点における「独自」という語句の使用は個人的に容認されるものであると判断致します。又、「独自研究」という語句をWP:NORにおいて定義付けし説明していることから殊更訳語に対して問題視する必要があるとは思えませんし、その語句に対する定義が存在する以上、"original research"の訳語がそれに対する解釈に影響を与えるものではないと個人的には考えております。--MMMRCOW 2008年4月9日 (水) 06:28 (UTC)
紅 美鈴さんは現在のルールはおわかりで、この方針の理由をおっしゃっているのだと思いますよ。
さて、originalの訳語についてはMMMRCOWさんに同感です、といいますか、むしろこの方針の内容にあった秀逸な訳ではないかと思います。また、カタカナ語の方が誤解を招きやすいのではないでしょうか。「original (research)」と「オリジナル(な研究)」ではニュアンスが違うように思います。--Mujaki 2008年4月9日 (水) 17:07 (UTC)

[編集] 本方針の解釈をめぐって

ノート:クソゲーおいて、クソゲーの記事本文での「神ゲー」「地雷ゲー」などの俗語の解説が独自研究に該当するかどうかといったことで議論になっているのですが、意見の対立する2人だけで延々と議論を行っている状態で、合意形成が困難となっています。本来こういった方針文書のノートで個々の記事の議論の呼びかけを行うべきではないとは思いますが、コメント依頼にはすでに提出済みにもかかわらず全く人が集まらずどうにもならない状態なので、よろしくお願いします。--貿易風 2008年5月22日 (木) 18:27 (UTC)

[編集] 独自研究は載せないという方針そのものに対する疑問点

私は去年あたりからウィキペディアの執筆に参加させてもらっているSUWAXTUCIという者です。私の一番の関心、個人的研究領域である現在の地球人類文明社会の諸問題克服を目指す、先達が提唱している現在の先駆的な新しい政治経済思想や理論もウィキペディアで紹介すべきで、加えるべきであると思っています。

この方針を取るそもそものきっかけは、ウィキペディア共同創始者の一人であるジミー・ウェールズの、主にウェブ上にあふれる物理学系のトンデモ理論提唱者に対する、「ある事柄が本当に正しいかどうかの有効な判断を下すのは、我々にはたいへん困難です。ある人が提唱する物理学の新しい理論が正当なものであるかどうかを我々が決めるのは適切ではありません。我々はそのような判断を下せるほどの専門知識は持ち合わせていません。しかし、我々はその理論が評判の良いジャーナルや評判の良い情報源を通して発表されているかどうかは、確認できます。ですから、適切な判断能力を備えた人々によって信用できると判断された物事に単に依拠することにより、ある物事が信用できるかどうかの判断を避けることは、本当に便利なのです。歴史(学)についても全く同じ原則が当てはまります。」(Wales, Jimmy. "Original research", December 3, 2004)という事のようです。

この、いわゆるトンデモ理論に対して、一般の人々がその真偽を確認するために評判の良い情報源を示すべきであるという大局の趣旨は理解できます。実際の日本語版の管理者の方々(管理者以外の方々もいるかもしれませんが)の対応を見ていると、あたかも独自研究的な記述に対しては何でもかんでも出典を求める必要があると考え、Template:独自研究Template:要出典を貼って出典を求めるか、もしくは独自研究的な記述の部分を削除しています。

しかし、全部が全部出典を求めるケースが必要であるかというとそうではないと思います。例えば、一般の常識や通例的に考えればこのことについては多くの人々が同じように考えているであろう事や、その事実についても一般の常識や通例的に考えて容易に理解できるという場合です。私が最近、無ログイン(59.143.15.27)で執筆した原動機付自転車#第1種原動機付自転車(50cc以下)の法定最高速度見直しの問題のような警察と速度規制の問題などです。また、私以外にも、http://www.news.janjan.jp/media/0808/0808235333/1.php のように疑問を呈している方もいます。

もちろん、このケースでも出典すなわち「評判の良い情報源」が表記できれば確実性が上がり好ましいことは確かですが、その「評判の良い情報源」というのはWikipedia:検証可能性で示している情報源の事であるわけですが、この中での「自費出版物、個人のウェブサイトやブログは、原則として適切な情報源としては認められません。ブログや電子掲示板の発言を一意見として紹介するのも同様です。」という方針に対しては、大いに疑問を持っています。

信頼できるメディアが問題を取り上げて調査して記事にしてくれない限り、この問題をウィキペディアに載せることが永久に出来ないということになってしまいます。多くの場合、スポンサーを抱える活字や放送報道メディアは、スポンサーや自社に不利益となるような内容の問題は取り上げようとはせず、学術誌などのメディアにおいても、非主流の新しい革新的な理論についてはなかなか取り上げようとしません。このようにウィキペディアが「評判の良い情報源」として挙げているものが必ずしも公正な取り上げ方をしているとは言い切れません。

現状では、このように表のメディアに取り上げられない内容はインターネットの掲示板やニュースなどのインターネットメディアで比較的多く取り上げられます。そのインターネットメディアでの内容を出典として示すしかありません。 私は、個人のホームページやブログはともかく、電子掲示板などは様々な意見の人が参加し、議論されています。その様々な意見を見る事が出来るように掲示板名を明示しリンクさせた上で、このような意見があってその意見が多いという事の出典として示す事も可ではないかと思いますし、管理者の方々もこのような状況に応じた柔軟性を持った対応をしていただきたいと思っています。

また、私がメインで執筆していきたいと考えている先駆的な新しい政治経済思想や理論についても、現状では表のメディアではまだ取り上げられていないものばかりで、少数の研究者の著書や私自身のほとんど自費出版の著書があるだけで、私は個人的に研究しているだけで、大学に在職しているわけでもないので学会誌に載せてもらうことも出来ず、出典としてはそれを示す他、手段がありません。私が現状で出来るこのような先駆的な分野における唯一削除される心配のない内容は、日本語版にはない項目の英語板からの翻訳ぐらいしかなく、私のつたない英語力では正確を期すための時間がかかり、あまり得意ではありません。

現在、出典に出来るソースもまだましで、ウィキペディア日本語版にはなく、英語版には簡易的なものが作られ、資本主義崩壊後に新しく導入される経済政策であると予想され、人類社会への知的な貢献を謳うウィキペディアで早急に人類社会の新しい理論として紹介すべき「プラウト:進歩的活用理論」を翻訳併用で執筆を始めていて、本格的なものが出来そうですが、この独自研究や出典の問題でどうしたら削除されずにすむような執筆内容に出来るのかと思案しております。--SUWAXTUCI 2008年10月13日 (月) 15:37 (UTC)

  • 今日は初めまして。「検証可能性は、ウィキペディアの記事における三つの方針のうちの一つです。あとの二つは、「Wikipedia:中立的な観点」と、「Wikipedia:独自研究は載せない」です。ウィキペディアではこれらの方針を併せて標準名前空間、つまり記事に書くことができる情報の種類と質を決定しています。これら三つの方針は相互に補完しあうものであり、それらをばらばらに切り離して解釈すべきではありません。編集者はこれら三つの方針を併せて理解するよう努めてください。この三方針は議論の余地がないものであり、他のガイドラインや利用者同士での合意によって覆されるものではありません。」(Wikipedia:検証可能性より)。--ネコバット 2008年10月13日 (月) 17:03 (UTC)
以前よりこの点について疑問に思っており、SUWAXTUCIさんに非常に賛同する者です。私も「いわゆるトンデモ理論に対して、一般の人々がその真偽を確認するために評判の良い情報源を示すべきであるという大局の趣旨は理解できます。」同意です。しかしそれがあまりに拡大解釈されることで、「信頼できるメディアが問題を取り上げて調査して記事にしてくれない限り、この問題をウィキペディアに載せることが永久に出来ない・・・必ずしも公正な取り上げ方をしているとは言い切れません。」まさにそう思います。私は毎日新聞は信頼されるべきメディアなのだろうか?という疑問ももっています。だれか私に「信頼出来る/出来ない」の答えを提示してくれませんか?
このガイドラインを、特定の思想を持つ者が反論を削除するために過大に悪用することにも、配慮するべきではないですか?122.214.72.243 2008年11月20日 (木) 01:42 (UTC)
まさにその「特定の思想を持つ者」に自論を喧伝させないためにも「独自研究は載せない」は運用されるのですが・・・。たとえノーベル賞ものの研究でも、ウィキペディアが最初の発表の場になるのであれば掲載を拒否されるのは、既存の情報源を示すことで第三者による検証を可能にし、いくらでも書き換え可能なウィキペディアの信頼性を確保するためでは。本方針はトンデモ研究排除のためだけではなく、「中立的な観点」のためにも要請されています。「常識で考えればわかるだろう」とか「あまり取り上げられないが、この問題は広く知らしめるべきである」というのは、その時点でもう執筆者の判断が入り込んでおり、記事内容に反映させるには適切ではありません。--58.1.122.18 2008年11月29日 (土) 13:05 (UTC)
>「まさにその『特定の思想を持つ者』に自論を喧伝させないためにも『独自研究は載せない』は運用される」58.1.122.18氏
分かった上での記述だと思いますが「特定の思想を持つ者が『反論を削除するために』過大に悪用すること」=「特定の思想が反論の存在しない確固たる事実であるかのようにする」という懸念を示しています。昨今、ある事実が公正中立に報道されないまま、特定の集団の利益のために進行しているかのような状況を見て、信頼されるべきメディアなどあるのだろうか?と感じているんですが。(上記の122.214.72.243 2008年11月20日)122.214.72.243 2008年12月25日 (木) 01:13 (UTC)
?それで「独自研究は載せない」を緩める、というのがどうして出てくるか分かりかねます。毎日新聞のような、一応専門の編集者による監修を経ているメディアでも信頼性に疑問の余地がある、と言う趣旨かと思いますが、だからと言ってウィキペディアで新規・もしくは未公表の説や研究を進んで取り上げるべき、と言うことにはならないのでは。かえって収拾がつかなくなると思います。何か具体例を念頭においておられるようで、それを知らない身では的確な事は言えませんが、「特定の思想が反論の存在しない確固たる事実であるかのように」という事が実際あったら、その編集は「独自研究」には抵触しなくても、「中立的な観点」や「特筆性」など別の点から問題になりませんか?それに対する反論は、大メディアではないにしても、本当にどこにも発表されたことはありませんか?もしどこかにそれがあれば、「独自研究」の恐れは低くなるのではないかと思います。※事情が分かりかねるので、的をはずしていたらすみません。あと、管理者の方、書き込みの位置が不適切だったら申し訳ありません。--61.124.64.166 2008年12月27日 (土) 15:52 (UTC)
インターネットユーザーの関心に、マスメディアの取材が追いついていないということでしょう。J-CASTのようなミドルメディアJANJANのような市民ジャーナリズムがもっと機能してくれればいいのですが(特にアニメ・漫画といったサブカルチャー)。--G7gh8t 2008年12月14日 (日) 05:44 (UTC)
wikipediaを評論の場にするのはおかしいのではないでしょうか。wikipediaは純粋な知の集積の場であるべきだと思います。最近気になってるのが、出版された書籍や評論家の文章をそのまま引用する記述を加えて回ってる人がいることです。それをやられるともうすでに「百科事典」ではありません。「これは書籍に書かれた独自研究を紹介してるだけに過ぎない」と指摘しても、「有名な評論家です」などと正当化します。wikipediaにはもっと崇高な使命があると思います。「思想」「評論」といった類にはとくに注意すべきでSUWAXTUCIさんの意見には賛成しかねます。ブログや電子掲示板にある情報に、知の集積の場にふさわしいものがあるとも信じがたいです。たとえばオウム真理教に関して数十の優秀な評論があったとして、それらを知の集積の場にすべて紹介してしまったら、オウム真理教の項目は収集がつかなくなります。百科事典に意見を載せたい人が、「このような意見もあります」という記述を追加してまわっています。「このような意見もあります」という記述はほとんどの場合、まったく不要のものだと思います。wikipediaには事実を淡々と記せばいいだけで、考え方の誘導や紹介までする必要はないと思います。考えるのは事実をみた利用者がやればいいのです。(--211.132.81.144 2008年12月19日 (金) 00:52 (UTC)

(インデント)211.132.81.144氏の投稿の中に二つほど気になる点があったため、僭越ながら指摘させていただきます。第一に、「これは書籍に書かれた独自研究を紹介してるだけに過ぎない」という一節について。高名な研究者が社会的に信頼性の高い出版社を通じて学術書を発表した場合、それが既存の通説・有力説に反するものであろうと、Wikipediaで記載が禁じられている独自研究ではありません。貴殿が問題視する編集は、論者によって専断的に正当化されているのではなく、はじめから正当な行為なのです。もしも貴殿が当該の編集に対して差し戻しを行っているのであれば、直ちにお止め下さい。第二に、「wikipediaには事実を淡々と記せばいいだけで、考え方の誘導や紹介までする必要はないと思います」という一文について。この中で、現在のWikipediaで認められない行為は、考え方の誘導だけです。ある思想・法令・現象に対する特定の見解を紹介する行為は、現行の公式な方針が改変されない限り、完全に正当なものとして取り扱われます。Wikipedia:信頼できる情報源#意見を参照して下さい。211.132.81.144氏には、以上の点を確認していただければと思います。--白文鳥 2008年12月20日 (土) 18:20 (UTC)


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"Rz": KI "Cappino" to Abp Kowalczyk
"Rzeczpospolita": Dzisiejszy nuncjusz apostolski w Polsce apb Józef Kowalczyk, którego tajne służby PRL zarejestrowały bez jego wiedzy jako kontakt informacyjny, przekazywał informacje temu samemu rezydentowi wywiadu co ojciec Konrad Hejmo.
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"Rzeczpospolita": Szefa PiS Jarosława Kaczyńskiego i byłego ministra sprawiedliwości Zbigniewa Ziobrę wezwę na końcu. Będą się odnosili do materiału zebranego w sprawie, a nie wygłaszali "tyrady ziobrotokowe" - mówi w wywiadzie dla "Rzeczpospolitej" szef sejmowej komisji śledczej badającej okoliczności śmierci Barbary Blidy Ryszard Kalisz.
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Szesnastoletnia dziewczyna śmiertelnie zatruła się czadem. Dwie osoby, które były z nią w mieszkaniu nie ucierpiały - poinformowała wieczorem Małgorzata Szmidt-Jeżewska, rzecznik prasowa warmińsko-mazurskiej straży pożarnej.
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