Wikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト 紀年法/ガイドライン
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本ノートページは、「ガイドライン」についての検討・議論の場です。「ガイドライン」の改正を議題に含まない個別の紀年、紀年法についてのコメントはWikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト 紀年法にお寄せください。
元号記事の書式を定めた元号記事フォーマットについての検討は、Wikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト 紀年法/元号記事フォーマットで行っています。
その他関連記事についてはページ最下部のカテゴリ「ウィキプロジェクト 紀年法」を参照してください。
目次 |
[編集] 過去ログとその要約
これまでの過去ログと主な論点を示します。--Novo 2007年6月2日 (土) 14:38 (UTC)
- プロジェクト立ち上げ(2007年2月16日)から「ガイドライン草案」提案(2007年3月10日)まで(一部それ以降も含む)
- 「他の紀年法」節への記入の範囲
- 出典提示の方式
- 「太歳紀年法」採用の是非
- 記入に当たって、現在における使用(遡及)を優先するか、その時点での紀年法使用の実績(史実)を優先するか
- 曖昧さ回避ページ作成の基準
- 「他の元号との対照表」について
- 正式リリース(2007年6月2日)まで
- 元号記事
- 記事構造(レイアウト):現在Wikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト 紀年法/元号記事フォーマットで検討中。
- プロジェクトへのリンク:冒頭部末尾に{{ウィキプロジェクトリンク|紀年法}}を張る。次節と重なる場合間に2行の間を空ける。
- カテゴリ:中国の分裂時代の元号については記事数が増えるまで各王朝ごとのカテゴリは設けないことで合意。「隋の元号」に隋末唐初の私年号を含めることで合意。
- 「中国周辺」カテゴリ:「中国周辺」カテゴリの設置について合意。その範囲について一部合意。
- 西暦年記事
- 全般的なこと:書式について。前近代と近代とを分けることの是非。
- プロジェクトへのリンク:節からのリンクと凡例の設置のためTemplate:他の紀年法を作成。
- 「五胡十六国」・「十国」の分類:分類項を設けず、全て平等に扱う。私年号のみを一段右寄せする。
- 共和暦:「フランス革命暦」への名称変更で合意。
- 月日:暦日の記入は暦法の専門家による典拠の提示をまって行う。
- 国王・天皇即位紀年:在位紀年の記入は元号のない場合の代用と位置づける意見と、在位紀年をより積極的に記入すべきとする意見が出る。クビライ即位以前のモンゴル帝国ハーン在位紀年、遼太祖在位紀年の記入で合意。
- 他の紀年法の範囲:1581年以前の西暦年記事はユリウス暦基準であることの確認。
- 基準想定外紀年の対処:Wikipedia他言語版からの孫引き排除、出典明示義務の確認。
- 私年号について:カテゴリ「私年号」「日本の私年号」「中国の私年号」作成で合意。私年号記事のモデル指定。出典提示義務の確認。
- 正式リリースのスケジュールについて:西暦年記事モデル、中国・朝鮮分類の下限についての検討。仏滅紀元をタイ基準にすることで合意。
- 元号記事
[編集] 正式リリースに当たって
プロジェクトの正式リリースを実行し、本ガイドラインは発効しました。参加者のみなさまからは、これまで長期間にわたる検討に多くのご意見とご協力をいただき、ありがとうございました。特に私の進行の不手際によって、中国元号の記事をこれまで最も多く投稿してこられたYonoemonさんの脱退を招くご迷惑をおかけしたことを改めておわび申し上げるとともに、議事進行を適正な軌道に戻すべくご助力をくださった参加者のみなさまに厚くお礼申し上げます。
また、Yonoemonさんのご希望に従い、参照者の少ない本ページでの議論をより開かれたものとするために、すでにYonoemonさんが問題提起をされたノート:遼のほか、ノート:金 (王朝)、ノート:西夏、ノート:モンゴル帝国、ノート:後金、ノート:清、Wikipedia:コメント依頼に議論への参加を呼びかける投稿を行いました。結論を保留する妥結が成立しており、呼びかけが遅きに失したことを後悔しておりますが、これまでより専門的なコメントが寄せられ、最終結論が出る日の来ることを願っております。
なお、Yonoemonさんは脱退に当たって本ページでその理由と所信を明らかにはされませんでしたが、ご自身の決断に基づく行動であり、尊重すべきものと考えます。しかしこの結果についての本プロジェクトに対する責任は私にもあると考えており、正式リリースにこぎつけた今、私が立ち上げ人として引き続き議事進行を務めることは、プロジェクトの運営にとって好ましくない影響をもたらすのではないかと憂慮しております。ここに参加者のみなさまに対し、進行役の辞意を表明いたします。今後は一参加者として、ガイドラインに従い、紀年法関連記事の充実に専念する所存であり、プロジェクトの方針策定やプロジェクト外との折衝・調整については、これまでより一歩下がって、他の参加者のみなさまとより平等な立場から、最低限の関与をするにとどめたいと希望しております。
この機会にひとつ申し送りたい事項がございます。#分類問題(その2)節において地域分類設置の是非を議論した際に、私は分類反対の理由として鄭氏政権や台湾民主国など台湾関係の私年号の分類が難しいことを挙げましたが、Yonoemonさんから「中国」分類で問題ないとのコメントを受け、話を前に進めた経緯があります。元号記事の方は記述を工夫できると思いますが、保証を出したYonoemonさんが去られた今、「他の紀年法」節における分類にクレームがついた場合の対応について深刻に懸念しております。個人的にはプロジェクト参加者から積極的に記入はせず、したい人に任せる方がいいのではないかと考えますが、プロジェクト範囲内事項への対処法としては無責任かもしれず、苦慮しております。参加者のみなさまもご留意いただければ幸いです。
長い間ご協力をいただきましたことに、いま一度お礼を申し上げます。今後とも共同作業は続けていきたく存じますので、よろしくお願いいたします。--Novo 2007年6月2日 (土) 14:38 (UTC)
[編集] 元号記事
[編集] 西暦・干支との対照表
西暦・干支との対照表の書式について、明の年号についてはすべて変更済みなのですが、例えば永楽 (明)のような表の書き方がおすすめです。tableタグのborder属性、cellspacing属性は、XHTML 1.0では「使わないほうがよい属性」なんだそうです。ソースもちょっとすっきりしますし。あと、二段以上になる場合は、右下にできる余った部分についても、空白のセルを入れてあります。--oxhop 2007年3月26日 (月) 13:48 (UTC)
以下の記述は、話題の明確化のために上記「#記事構造(レイアウト)」の節にあったものをこちらに移動しました。--田英 2007年4月22日 (日) 07:12 (UTC)
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- 元号記事への他の元号の併記については、対照の範囲(三国、南北朝、五胡十六国、宋遼金元、辺りは群として分かりやすいのですが)をどこまでとするのかという点で慎重を期すべきですが、敢えて反対はしないつもりです。また、世紀記事・10年紀記事はともかくとして、元号記事と西暦記事への掲載は択一のものではなく、どちらもあってよいものだと思いますので、着手の優先付けで良いかと考えます。--田英 2007年3月11日 (日) 12:51 (UTC)
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- フォーマットについて、今まで既存の記事を示していましたが、いろいろなバリエーションがあって特定の年代の記事では当てはまらないことが多いので、元号記事フォーマットを作成してみました。「他の元号との対照表」も入れてあります。--Novo 2007年3月22日 (木) 00:29 (UTC)
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- 「他元号との対照表」ですが、対照元号が数件の場合は元号記事フォーマットのものが閲覧に最も適していると考えますが。、一番複雑になると思われる隋末唐初のものとして永隆 (梁師都)を作成してみました。元号対照が必要な閲覧者には便利と思われますが、いまいち冗長の感が否めなくもありません。より簡潔な表記法のアイデアがあればよろしくお願いします。--Yonoemon 2007年4月4日 (水) 23:53 (UTC)
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- 大作拝見しました。気になった点として手を入れさせてもらったのですが、[[○○|○○x]]年というリンクではなく、[[○○]]x年としておくべきではないでしょうか。あと、やはり同じ表の中に西暦年は欲しいと感じました。そして、新羅と高昌には少し違和感を覚えました。
- それぞれの政権が滅んだ後の2段目が、また寂しい感じがしますね。私からは簡潔な表のアイデアを出すこともできませんので、表にするよりも同年代元号の列挙(zh:黄初のような)との選択性にしてはどうでしょうか。並列元号が数件の場合は元号記事フォーマットで問題ないということには同意です。--田英 2007年4月5日 (木) 12:18 (UTC)
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- 訂正ありがとうございます。[[○○|○○x]]年というリンクは、[[○○]]x年の件了解しました。何故そのようなリンクにしたのか自分でも理解できなく、何か勘違いしていたようです。
- また西暦を入れる点も同感です。並列元号が多い場合は適宜西暦を追加しましょう!
- 表以外の並列元号の列挙という方法も考えたのですが、多数の元号が入り乱れ複雑だからころそ一覧表の価値があるように思えてなりません。逆に並列元号は少ない場合は列記方式でもいいのではとも感じています。
- 元号の2段目はちょいと寂しい気がするので、横軸を12年まで延ばしてみました。また新羅と高昌に関しては違和感があるので、セルに着色してみましたが余計違和感が際立ったような気がします。さてどうしたものでしょうか…--Yonoemon 2007年4月7日 (土) 09:27 (UTC)
- 使用期間が10年前後までの元号であれば対照表は気にならないですが、20年を超えるとなると元号記事のなかに西暦対照と多元号対照の2種の表が存在するのはやはり冗長だと思います。これについては、早い段階でoxhopさんが指摘されていることですが、西暦干支対照と多元号対照とを一本化するほうがよいのではないでしょうか。◆新羅・高昌の違和感について。中国地域の元号記事には中国周辺地域(朝鮮・ベトナム含む)の元号を対照させるニーズは薄いのではないでしょうか。逆に中国周辺地域の元号記事には中国地域の主たる元号の対照が欲しい、と感じました。例えば、新羅元号には隋唐のそれが欲しいが高昌までは要らないだろう、隋唐の元号には新羅や高昌の元号は要らないだろう、高昌元号には隋唐のそれは欲しいけれども新羅は要らないだろう、ということです。中国王朝中心主義的かもしれませんが。◆先に西暦年記事のほうを固めたいこともありますので、こちらはちょっとゆっくり考えることにしたいです。--田英 2007年4月8日 (日) 12:43 (UTC)
- 宋、金、遼、元あたりは西暦・干支・他の元号をひとつの表にまとめた方が見た目はいいと感じています。至元のような表記になるとそのしょぼさは覆い隠しようがないですもんね…対照元号が極めて限定される場合は、個別対応でまとめる方向で合意を探ってはいかがでしょう--Yonoemon 2007年4月16日 (月) 03:18 (UTC)
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これまで合意のないままにすすめてしまいましたが、宋(北宋・南宋)に遼・金・元・西夏の元号を対照させています。また渤海に唐を対照させました(元号を用いていない新羅王を列挙したのは余計だったかもしれませんが)。遼・金・元や唐のほうでどうするか、渤海には日本を対照させたほうが良かったかもしれない(渤海使の交流という視点から)、とも思うのですが、やはり王朝・政権ごとの対照先は緩やかにでも合意形成しておいたほうがよいと感じました。もう一点、宋の元号に西夏を対照させる際に、二次資料によって西暦年比定の異なるケースがあって、いったんは依拠資料を明示する対処としましたが、明示の仕方などについても検討しておきたいと感じました。経緯は熙寧と、ノート:天賜礼盛国慶に記しています。--田英 2007年5月8日 (火) 14:05 (UTC)
- 対照の範囲については議論の進行にお任せいたしますが、西暦年比定のずれについては「他の紀年法」での記述にも影響しますね。多分書いていくうちにほかにも発見されると思いますので、ある程度のところで依拠資料の決め方など、まとめて検討する必要がありますね。--Novo 2007年5月8日 (火) 16:10 (UTC)
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- 一番面倒な元号対照の作業に着手された田英さんにまずは尊敬の念です。どこまで対照に組み入れるかですが、渤海などは日本との交流及び、新羅との対立もあるので、対照表の形で整備したほうが親切かもしれません(あくまでも便宜ですので新羅の場合は王位で◎でしょう)。『渤海簡史』や『渤海史稿』などでも唐以外に日本、新羅ともに記載があります。
- 隣接する政権で、ある程度の交流が認められる場合は柔軟に対応でいかがでしょうか?
- 西夏に関しては西暦比定に諸説あり、またどれも同様に有力な定説になっていないという現状です。ただし『東方年表』は初版が古いので、新しい研究成果を反映させた方が無難な内容になるのではと個人的には考えています。新しいもので一致しているものを優先させ、『東方年表』が異なる記述をする場合、それを別記という案はいかがでしょうか?--Yonoemon 2007年5月9日 (水) 00:07 (UTC)
- (対照)ひとまずは「隣接する政権である程度の交流のある場合」というごく緩やかな基準ですね。了解しました。ただしガイドラインとしては、まだ、対照をつけていくことの義務化はせずにおいたほうが良いと思いました。日本の元号記事に唐や渤海を対照させていくことにはすこし不安がありまして、日本史の分野で活動されている方々のご意見を伺っておきたい、と感じたのと、西暦年記事の整備と曖昧さ回避対策とを優先で処理していこうと考えた次第です。
- (西夏)異同のある場合は新しい研究成果を採る(具体的には李崇智《中國歷代年號考》、鄧洪波《東亞歴史年表》)で了解しました。ひと段落したところでまとめて再確認を行いたいと思います。
- --田英 2007年5月10日 (木) 12:35 (UTC)
[編集] カテゴリ
[編集] 「中国周辺」元号記事のテンプレートについて再提案
上節の議論をうけて、再提案させていただきます。
最初の提案の書き方がまずかったのですが、テンプレートについては、カテゴリ設定との連動の問題はむしろ副次的なもので、私が申し上げたかったのは、「中国周辺」に分類された王朝の元号記事に「中国の元号」テンプレートを貼ることそのものへの違和感でした。そこで改めて以下のように提案させていただきますので、ご検討をいただければ幸いです。
- 「中国周辺」分類が確定した王朝及び現在分類について検討中の王朝の中で、「中国」王朝との連続性がある王朝(西遼、北元、初期の契丹及び遼、初期の金、後金、初期の清、つまり分類検討中の王朝のほぼすべて)についてはTemplate:中国の元号を用いる。ただし契丹、遼、西遼については遼の分類についての議論の結果に応じて決める。
- 「中国周辺」分類が確定した王朝のうち、「中国」王朝との連続性がない王朝(柔然、高昌、渤海、南詔、吐蕃、于闐、大理、西夏)については、
- Template:中国の元号を用いないで、簡略なテンプレートを用い、元号一覧 (中国)は関連項目に挙げる。
- または新しいテンプレートを作成して用いる。
「他の紀年法」節と少し異なる対応になるのは、このテンプレートがもともと「先代次代系テンプレート」であり、連続性の提示を目的として作られたものであるからです。--Novo 2007年4月25日 (水) 23:47 (UTC) 分かりにくいので書き換え--Novo 2007年4月26日 (木) 01:41 (UTC)
書き忘れましたが、上記提案はTemplate:中国の元号に埋め込まれたカテゴリ設定の無効化を行わないことを前提にしています。--Novo 2007年4月26日 (木) 01:41 (UTC)
また書き忘れましたが、第2点に示した2案のうち、私個人は第1案を推します。適用される記事数がそれほど多くないこと(遼を入れるかどうかにもよりますが)、「中国周辺の元号」という名前はテンプレート名として少し不思議かなと思うことが理由です。あわせてご意見お聞かせください。--Novo 2007年4月26日 (木) 21:44 (UTC)
- 大理や西夏の元号を検索する場合、一般には中国の元号として検索するケースが多いと思われます。また渤海などは南北国論争を引き起こしそうなので、中国及び朝鮮の元号というカテゴリー分けが無難な選択と思われます。元号は所詮中華文明の所産なので、中国の元号のカテゴリーを使用し、必要において中国周辺の元号というカテゴリーを追加すれば問題なかろうと考えます。--Yonoemon 2007年4月27日 (金) 00:18 (UTC)
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- 実は渤海の元号記事にTemplate:中国の元号が用いられていることに、論争を呼ばないかという懸念があります。いくら下段のカテゴリ欄に朝鮮の元号、渤海の元号、と並んでいても、記事本文内でボックス型表記で「中国の元号」と優先明記されていては具合が悪いと思うのです。その意味で、Novoさんのご提案は無難なところとして支持したいです。中国・日本以外の共通元号テンプレートの作成ですが、「中国周辺の元号」といった固定的な名称ではなく、地域名をも引数で指定できるようにしておきたいと考えます(朝鮮の元号も再度テンプレートに戻したいと考えていますので)。--田英 2007年4月27日 (金) 09:35 (UTC)
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- 田英さんの「引数設定」というのは名案ですね。うまく考えられれば第2案修正案としてそちらを支持します。
ひとつ確認したいのですが、引数に特定のページへの内部リンクは埋め込めるのでしょうか。これができれば技術的にはクリア可能だと思います。 - カテゴリとテンプレートと分けて考えますが、渤海については、今あがっている選択肢は
- カテゴリは「中国の元号」「朝鮮の元号」を設定、テンプレートで「中国の元号」を用いる(現状)
- カテゴリは「中国周辺の元号」「朝鮮の元号」を設定、テンプレートで「中国の元号」を用いない
- ですね。この場合、1.すなわち現状のほうが中国よりで、朝鮮史・韓国史の側からクレーム(「南北国論争」)がつく可能性が高いのではないでしょうか。元号が中華文明の所産であることと、「中国」王朝との連続性がない王権が自主的に建てた元号であることとのバランスを考えた上で、Yonoemonさんが「中国周辺」概念を提唱され、合意が形成されたものと理解しております。
- 検索のルートはいろいろでしょうけれども、大理の元号や西夏の元号をCategory:中国の元号から探そうとする人は少なく(現状でも設定数が800を超えていて、実用に耐えないでしょう)、むしろ元号一覧 (中国)や西夏に載っている元号一覧を経由する可能性のほうが高いと思います。必要であれば、Category:中国周辺の元号をCategory:元号とCategory:中国の元号双方のサブカテゴリにすればすむことでしょう。
- 私の懸念はカテゴリの処理よりもテンプレートのレイアウトそのもの(「中国」と明示されていること)にあります。結局のところ、問題は地域分類の妥当性に帰着すると思います。分類問題については下の節へのコメントをよろしくお願いいたします。--Novo 2007年4月28日 (土) 00:32 (UTC) 一部訂正--Novo 2007年4月28日 (土) 02:12 (UTC) 勘違い(見せ消ち部分)を削除。--Novo 2007年4月28日 (土) 12:00 (UTC)
- 「引数指定」の追加によって、テンプレート「中国の元号」をもとに新しい汎用テンプレートを作るとすると、その対象は、朝鮮、ベトナム及び中国周辺の元号になると思います。この場合、「朝鮮」、「ベトナム」については、「中国」をそのまま「朝鮮」「ベトナム」に置き換えるよう数箇所に引数ひとつを設定すればいいと思いますが、「中国周辺」の場合、「中国周辺」ということばをそのまま埋め込むのか、各王朝名だけを引数にして「渤海の元号」「大理の元号」となるようにするのか、どちらにしても構造を変える必要がありますね。前者だと「元号一覧 (中国周辺)」という記事はありませんから、そこだけ「元号一覧 (中国)」になるように調整する必要があり、後者ではそのほか、「中国の元号」で「中国の元号一覧」という行の下に出てくる王朝名のところは不要になります。あるいは「朝鮮」「ベトナム」と「中国周辺」とで別のテンプレートにしてしまうか、何かお知恵があればご教示ください。--Novo 2007年4月28日 (土) 12:00 (UTC)
- 田英さんの「引数設定」というのは名案ですね。うまく考えられれば第2案修正案としてそちらを支持します。
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- 単純なもので利用者:田英/Template:○○の元号のように考えていました。(利用者サブページに作ったのでサンプルが表示されずガッカリですが) テンプレート名は「○○の元号」としておき、○○部分を引数で指定することでひとまず「渤海の元号」という表示になり、中国の元号・朝鮮の元号・渤海の元号・中国周辺の元号といったカテゴリは手で加える、という考え方です。カテゴリなどの入力負荷軽減には役立たず、たんにボックス表記のhtmlタグを入力せずに済むだけのものですが。元号一覧 (中国)などへの誘導は、== 関連項目 ==の節に載せればよいのではないでしょうか。結局のところはこのテンプレートを用いたとしても「中国の元号記事」と「中国周辺の元号記事」とが見た目に似通うだけなのかももしれません。もう少し検討したほうがよさそうですね。--田英 2007年4月28日 (土) 12:30 (UTC)--下線部追記--田英 2007年4月28日 (土) 12:48 (UTC)
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tableの部分だけで、カテゴリが何も入っていない汎用タイプの「Template:元号」を作成すればよいのではないでしょうか。そして、Template:中国の元号とTemplate:日本の元号においても、Template:元号を呼び出す方法をとれば、大元を修正すればすべて同じ形に更新されるようになります。また、「Template:元号」に、{{DEFAULTSORT:引数}}を入れておくと、その下に置かれる個々のカテゴリにソートキーを付記する手間が省けますので、これを導入したら便利になると思います。--oxhop 2007年4月28日 (土) 13:13 (UTC)
- 田英さんの試作を見てこれでいいと思い、勝手に少し手を入れてしまいました(すみません)が、oxhopさんのご提案は斬新なものですね。仕組みがわかっていないのでトンチンカンな質問かもしれませんが、たとえば「日本の元号」にはなく、「中国の元号」にある王朝名の引数を処理するにはどうデザインすればいいでしょうか。--Novo 2007年4月28日 (土) 14:11 (UTC)
「Template:元号」の中身は、要点部分だけを書くと以下のようになります。
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{{DEFAULTSORT:{{{4}}}}}{{{1}}} 前の元号:
{{{2}}}次の元号:
{{{3}}}
「Template:元号」を直接使用する場合は、以下のようになります。
- {{元号|[[柔然]]の元号|[[永康 (柔然)|]]|[[太安 (柔然)|]]|たいへい}}
そして「Template:日本の元号」の中身は以下のようになります。
- {{元号|[[元号一覧 (日本)|日本の元号]]|{{{1}}}|{{{2}}}|{{{3}}}}}
- [[Category:日本の元号]]
使い方は変更ありません。
- {{日本の元号|[[大正]]|[[平成]]|しようわ}}
とすると、「大正」は、「Template:日本の元号」の{{{1}}}を経て、「Template:元号」の{{{2}}}に代入されます。また、「Template:元号」の{{{1}}}には「[[元号一覧 (日本)|日本の元号]]」が入ります。
また「Template:中国の元号」の中身は以下のようになります。
- {{元号|[[元号一覧 (中国)|中国の元号]]<br />{{{1}}}|{{{2}}}|{{{3}}}|{{{4}}}}}
- [[Category:中国の元号]]
こちらも使い方は変わりません。 「Template:元号」の{{{1}}}に「[[元号一覧 (中国)|中国の元号]]<br />{{{1}}}」が入ります。
こんな感じのものを考えているのですが、どうでしょうか。--oxhop 2007年4月29日 (日) 06:12 (UTC)
- ご教示ありがとうございます。よくわかりました。ご教示に沿って田英さんの試作(利用者:田英/Template:○○の元号)をまた勝手に書き換えてみましたが、直接使用については見た目は問題ないようでした。これでだいじょうぶかどうかご確認いただけないでしょうか。--Novo 2007年4月29日 (日) 07:10 (UTC)
- 詳しい解説ありがとうございます(oxhopさん)。またそれを受けての手直しをしていただいてありがとうございます(Novoさん)。試作のものをそのまま[[Template:元号]]に移動しようかと思ったんですが、中国の元号テンプレートから丸パクリだったことを書き上げていなかったんで、GFDL対策のために、要約欄の記入をして新規立ち上げしておきます(試作版は削除依頼かなぁ)。--田英 2007年5月1日 (火) 11:35 (UTC)
- Template:元号の作成を確認しました。田英さんありがとうございます。特にご異議ないようですので、この件は原案第2案修正案(上掲テンプレートを使用し、元号一覧 (中国)は関連項目として表示)で合意が形成されたと判断します。--Novo 2007年5月2日 (水) 06:14 (UTC)
- 詳しい解説ありがとうございます(oxhopさん)。またそれを受けての手直しをしていただいてありがとうございます(Novoさん)。試作のものをそのまま[[Template:元号]]に移動しようかと思ったんですが、中国の元号テンプレートから丸パクリだったことを書き上げていなかったんで、GFDL対策のために、要約欄の記入をして新規立ち上げしておきます(試作版は削除依頼かなぁ)。--田英 2007年5月1日 (火) 11:35 (UTC)
- 今更何なんですがテンプレートの中国の歴史に西夏が含まれています。そちらとの整合性はいかがいたしますか?--Yonoemon 2007年5月2日 (水) 08:25 (UTC)
- 玉虫色にしたままで、「中国周辺」は「中国」に含まれるとも、含まれないとも解釈できる余地を残しておけばいいと思います。西夏を中国史から見る解釈は中国はもちろん、日本にも伝統的に存在しますし、それ自体を否定する意図はありません。--Novo 2007年5月2日 (水) 08:35 (UTC)
事後報告となりますが、Template:ベトナムの元号を作成しました。また、Template:元号の下に置いたカテゴリは、ソートキーを省略可能ですのでお試し下さい。ただ、編集画面を開いてカテゴリにソートキーがついていないのを見て不備だと誤解される方もでてくるかもしれませんね。この点についてもガイドラインに注記が必要かもしれません。--oxhop 2007年5月3日 (木) 13:08 (UTC)
- 拝見しました。「王朝名を入れてほしい」という私の好みに対応していただいて、ありがとうございます。注記については、Wikipedia:ウィキプロジェクト 紀年法#テンプレートに書き込んで注意を喚起していただけないでしょうか(審議対象外として処理していいと思います)。また、これで動作確認ができたと思いますので、ご提案の通りTemplate:中国の元号とTemplate:日本の元号も書き換えていいのではないかと思います。--Novo 2007年5月3日 (木) 13:48 (UTC)
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- 作業完了しました。--oxhop 2007年5月4日 (金) 14:20 (UTC)
本節の冒頭の提案のうち、契丹-遼については、#分類問題(その6)で全体を「中国周辺」へ分類する妥結が成立しましたので、これに伴い、テンプレートもTemplate:中国の元号は用いず、Template:元号を用いることになったことを確認いたします。--Novo 2007年5月17日 (木) 14:51 (UTC)
- 上記は合意事項なのですか?田英さんも曖昧な表現をしていますし、拙速に合意事項と断定するのはいかがなものかと考えます。こうなりますと北魏なんぞも同様に中国周辺とも主張でき、もはや客観的な基準を失った区分だと苦言を呈させていただきます。ウォッチリストはトラックバックしておきます。--Yonoemon 2007年5月18日 (金) 00:01 (UTC)
- 田英です。1週間経過して有意な反対意見が寄せられなかったので、Novoさんの提案内容で合意が得られたとして「妥結」と表現しておりましたが、私の意志表明は曖昧だったでしょうか? ウォッチリストについて戻すだけの編集は控えますが、Yonoemonさんには再考をお願いいたします。--田英 2007年5月18日 (金) 13:05 (UTC)
- 遼については、私がこの節の冒頭に条件を明記しており、これまで異議が出たことはないので、自動的に確定したものと考えます。北魏については私も含め現在まで誰からも問題提起がないので、「中国」分類で問題ないものと思います。五胡十六国や五代後唐などについても同様です。共有ウォッチリストはリンク先更新状況の確認のため、作業用に作成されたもので、特に拘束力はないので、各元号記事及びそのノートへのリンクが適切に張られており、作業者間で共通認識が形成されていれば、どのような分類になっていてもさしつかえありません。--Novo 2007年5月18日 (金) 14:45 (UTC)
- 田英です。1週間経過して有意な反対意見が寄せられなかったので、Novoさんの提案内容で合意が得られたとして「妥結」と表現しておりましたが、私の意志表明は曖昧だったでしょうか? ウォッチリストについて戻すだけの編集は控えますが、Yonoemonさんには再考をお願いいたします。--田英 2007年5月18日 (金) 13:05 (UTC)
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- #分類問題(その6)ですでに妥結しましたので、議論が必要と考えられましたら、ガイドライン発効後に新たに問題を提起してください。--Novo 2007年5月19日 (土) 01:02 (UTC)
- ノート:遼及びTemplate‐ノート:中国の歴史に補充説明をいたしました。議論の経過と合意内容を踏まえたコメントをお願いいたします。--Novo 2007年5月19日 (土) 04:56 (UTC)
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- 中国史でも便宜上その政権を中国に分類しているからこそ成立するものであり、今回の区分と同一のものです。実質数名での議論で決定し、中国史テンプレに矛盾するガイドラインを拙速に決定するより、百科事典としての便宜上の区分を明らかにする必要があります。--Yonoemon 2007年5月19日 (土) 07:14 (UTC)
- 元号記事テンプレートだけに限定されたお話ではないようですので、ここではなく#分類問題の検討拡大節へコメントください。--Novo 2007年5月19日 (土) 19:46 (UTC)
[編集] 西暦年記事
[編集] 日本、中国、朝鮮などの分類
まず、中国や朝鮮は、現在の国ではなく、地域を指しているのだと思っていました。
唐とか明とかは、中国であることを明記しなくても十分理解できますが、南明とか、ベトナムの王朝については、やはり地域名を明記した方が親切だろうと思いました。また、「五胡十六国」とかの例外を認めるのであれば、「中国」というくくりにしてしまった方が統一感はでると思います。厳密に、中国の王朝なのかどうかということは考えなくてもいいのではないかと思うのですが、ダメなのでしょうか。
また、リンク先について、日本にではなく、[[元号一覧 (日本)|日本]]としてはどうでしょう。--oxhop 2007年3月10日 (土) 07:44 (UTC)
- [[日本]]を[[元号一覧 (日本)|日本]]とするのはよいアイデアだと思いますので、変更させていただきたいと思います。ただ現状ではばらばらなので、書き換えに時間がかかりますね。
- 一方、分類の問題は大変難しくて、私も悩んでいるところです。
- 私の基本的な発想は、「荒らしや編集合戦を極力起こさない。もめごとを避ける」というところにあります(各年記事は網羅的チェックが難しいので、荒らしがあっても気づかれない可能性があります)。確かに「分類は地域ごとだ」と見ることも可能ですが、紀年法は常に国家権力によって定められるものです(過去の紀年も現在の国家権力によって不断に見直されます)し、特に「中国」は「国」という字が入っていますので、「分類は現在の国ごとだ」という解釈を完全に排除は出来ないと思います。それで、分類を前近代にまで及ぼすと解釈が分かれてもめごとの種にならないかと懸念したわけです。いわゆる「歴史認識」問題のひとつです。
- また、「中国の元号」の範囲については、典拠がほぼ中国のものだけになるので、私個人も「中国POV」にならないよう特に配慮する必要があると考えております。
- ただし分類を完全に排除すると分かりにくくなるというのはお話の通りなので、これももう少し具体的に検討したいと思います。「分類する」方を基本として、個別に「分類しない」例外を作るという考え方もあるかと思います。
- あと、草案に書き忘れたのですが、この「分類」の問題はカテゴリ作成の基準とも関わってくるので、あわせてご意見いただければ幸いです。--Novo 2007年3月10日 (土) 19:50 (UTC)
(戻します)私年号との兼ね合いもあるので、政権名と元号とを明確化できる
のほうがよいと思います。例えば、治平龍応5年に李朝大越国領内で私年号("だれそれ"の"ほげほげx年")が用いられたと仮定した場合、
とすれば、正当政権に対する私年号の表現にならないでしょうか?(ただし西暦年記事のフォーマットの見直しは必要になります。)--田英 2007年3月27日 (火) 08:57 (UTC)
- 517年のような書式についてですが、Wikipedia:箇条書きのマークアップで「あまり良くない」とされているので、せっかくなら「推奨される」形にした方が良いのではないかと思います。
- ベトナムについてですが、確かに1209年の書式なら「ベトナム」はないほうが良かったですね。また、1210年の書式についても「大越」という国号を明記するのなら、「(ベトナム)」は無くてもよさそうですね。陳朝とかも「大越陳朝」みたいな感じにして大丈夫でしょうか?--oxhop 2007年3月27日 (火) 14:43 (UTC)
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- ご指摘ありがとうございます。Wikipedia:箇条書きのマークアップを見て、517年を訂正しました。Wikipedia:ウィキプロジェクト 紀年法/ガイドライン草案#1872年(日本の太陽暦施行前)までについても、推奨される形式になっていたのをちゃんと読み取れていませんでした。--田英 2007年3月27日 (火) 15:10 (UTC)
- 大越陳朝のほうは、[[陳朝|大越陳朝]]でよいのではないでしょうか。「李朝大越国」「陳朝」…「阮朝」はいずれも国号は大越(ですよね?)で記事名の不整合性のほうが問題なようにも思いました。--田英 2007年3月27日 (火) 15:10 (UTC)
- ベトナムの国号は、李朝から後黎朝、西山朝までは「大越」なのですが、厳密に言うと胡朝(1400年 - 1407年)だけ「大虞」です。あと阮朝は「越南」及び「大南」です。最初はほかに似た名前の王朝がなければ国号はつけなくていいかと思っていましたが、わかりにくいでしょうか。
- 「国名」ないし「地域名」で分類するかどうかは、決めかねています(考えれば考えるほどいろんな可能性を思いついてしまって難しくなります)。分類しない場合(1209年方式)の見にくさ、分かりにくさは確かにあると思いますし、私の原案も分類を完全に排除してはいませんから一貫性を欠いています。しかし「国名」ないし「地域名」の範囲、特に「中国」の範囲をどうするかは、コンセンサスを作りにくい難問です。たとえば西遼、西夏は「中国」なのかどうか、私の「POV」からすると疑問が残りますし、ガイドライン草案で典拠として認めている書籍でも評価が割れています(西遼は李崇智のみ記載。西夏は『東方年表』と李崇智では「中国」、『コンサイス世界年表』には未記載)。両論併記というわけにいかないのでいっそう悩ましく思います。
- 私年号の場合には、どの王朝に対抗する「私年号」かで分類していく、上の田英さんの案なら「国名」を書かずにすむのでかなり解決できます。ただ、日本の私年号には「だれそれ」をはっきり特定しにくい例があったように思うことと、あと私年号について知らない閲覧者の便を考えると、もうひと工夫する余地があるかもしれないという印象です(テンプレートに凡例として見方を書き込むという方法もありえますね)。
- 今の草案では私年号を「日本」と「日本以外」とに分けていますが、分けないで
- のように書いていくやり方もあることを思いつきました。--Novo 2007年3月27日 (火) 16:51 (UTC)
- 私はやはり1209年方式に傾いているのですが、自分の心配が取り越し苦労に過ぎないのか、自分でもよく分からないでおります。「中国POV」を警戒すること自体が私の「POV」であって、「NPOV」ではないのかもしれません。客観的に見て、1210年方式をとったときにもめごとの起こる可能性、あるいは「NPOVな、もめない分類法」について、率直なご意見をお聞かせいただけないでしょうか。--Novo 2007年3月28日 (水) 14:58 (UTC)
- 気になったので日本語版と中文版の西暦年記事を少しのぞいてきましたが、近代以降の日本語版はすでに「国名」やレイアウトが虫食いに編集されてばらばらになっています(つまり人によって感じ方が違い、もめる可能性があるということでしょう)。あまりぎちぎちに決めるのもなんですが、モデル記事の指定が必要かもしれませんね。なお中文版は「現在の国名」による分類をしていません(日本と「越南」(阮朝の一部のみ)だけはありますが、どちらも王朝の国号と同じ扱いです)。また私年号も正統王朝の元号と並べて区別していません。--Novo 2007年3月28日 (水) 17:23 (UTC) 18字追加--Novo 2007年3月28日 (水) 17:45 (UTC)
まず、もめごとの起こる可能性について、私の考えです。
- 「可能性」というのであれば、どちらの方式をとったとしても100%無いとは言えないと思います。分類した場合は、その分類が不適切であるとして、他の人の意見に耳を貸さずに強行する人が現れる可能性があります。一方、分類しない場合は、ただ列挙してあるのを見て、グループ分けしたほうが見やすく便利であると考えて、独断で修正を強行して譲らない人が現れる可能性もあります。これは、実際に、これでは絶対にダメなのだと主張する人が登場して、その理由を示してもらって議論してみないことには検討のしようもない部分があるように思うのです。
- また、元号一覧 (中国)に、渤海、西遼、西夏が追加されたのは、2007年1月31日ですが、いまのところ異論は出ていませんよね。おかしいなと感じている方はいらっしゃるかもしれませんが、「他人がどう思おうがこれは絶対に間違っているから消すのだ!」というような人はいらっしゃらないわけですよね。今後どうなるかは分かりませんが、とりあえずこの現状から考えると、もめごとになる可能性は低いのではないかと思います。中国語版の一覧は、渤海は入っていなくて、西遼、西夏は入っているのですが、もめごとにはなったような形跡は見つけられませんでした。
私も、素直な感想としては、分類されていた方がしっくりくると感じていますが、1209年のような形でも案外といいんじゃないかなと思い始めています。微妙な分類の面倒くささを避けられる点もメリットですが、太陰太陽暦の干支や年号と、太陽暦の皇紀・檀紀とを混在させずにすむのも長所だと思います。特に、月日まで入れることを考えるとこの2つを分けておくと見やすくなるのではないでしょうか。--oxhop 2007年3月29日 (木) 14:36 (UTC)
- なるほど、単なる「可能性」だったらどちらの方式にしてもあるというのはまったくその通りですね。元号一覧 (中国)の構成については、実は私自身が違和感を持っていて、このプロジェクトが一段落したら、あるいは話の流れ次第ではこのプロジェクトで提起しようかとも思っていたのですが、それを今ここでカウントするのはおかしいですから、まあ大丈夫だといえるでしょうね。
- ヒントをこちらから出して禍いをわざわざ呼び寄せるのもなんだと思って明言を避けていたのですが、私が一番懸念しているのは台湾がからむ私年号です(元号一覧にはまだ載っていません。それに西暦年記事のほうがリンクするページが圧倒的に多いので、載せれば人の目に留まりやすいと思います)。日本以外の私年号を全部網羅して載せている市販年表は見たことがないので、ここで行われることはWikipedia中文版(これも未完成です)を除けば多分はじめての試みです。それでこれまでにはなかった可能性について考えておくべきではないかと思ったわけです。
- 一部の問題を基準に全体の方針を決めるのはバランスを欠くかもしれませんが、私年号の書き方を工夫すれば何とかクリアできそうですし、アイデアを出し合ってうまくまとめられたらと思います。
- あと、目からうろこが落ちる気持ちがしたのですが、「太陰太陽暦」と「太陽暦」とで分類するというのは非常に合理的でいい考えだと思いました。見出しで明示して分けてはどうでしょうか。--Novo 2007年3月29日 (木) 17:04 (UTC)
[編集] 分類問題(その2)
節を分けました。--Novo 2007年4月2日 (月) 16:18 (UTC)
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- しばらく皆様の議論を拝見しておりました。地域名の区分名称ですが、一般的に元号を使用していた中国・日本・朝鮮・べトナムと大まかに区分することが一般的なのではないかと感じています。台湾が絡んだ場合も大まかに「Category:中国の元号」(中国文化圏で日朝越に属さない地域という意味であり、現在の中華人民共和国とは無関係と認識)に分類し、必要であれば「Category:台湾の元号」を下位に設ける対応でいかがでしょうか?
- 現在の国民国家と歴史上の政権を比定させる作業は歴史学では一般的でなく、例えば渤海なぞは、中国では中国史、韓国や北朝鮮では朝鮮史、ロシアでは独自の極東少数民族史と現政権と密接に関連した解釈を行っています。これらは近年中国と韓国の間で勃発した高句麗問題などでも政治問題化しています。
- その意味では「Category:渤海の年号」を中国や日本の年号と同列に位置づけることには強い違和感を覚えます。これらはやはり「Category:中国の年号」や「Category:朝鮮の年号」の下位に位置づけたほうが無難であるような気がします。--Yonoemon 2007年4月1日 (日) 04:32 (UTC)
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- コメントありがとうございます。お話の通り、「現在の国民国家と歴史上の政権を比定させる作業は歴史学では一般的ではなく」、むしろそういう「国史」的な歴史叙述への批判の方が強いので、分類はしない、大まかな地域名のつもりでも現在の国民国家だと思って問題にする人もいるかもしれないから避けよう、というのが私の原則論です。つまり1209年方式支持ということです。
- ご指摘の通り渤海史は「国史」に組み入れている国が並立している厄介な例として有名です。だから今のところCategory:渤海の元号も親カテゴリがCategory:元号だけで、Category:中国の元号の下には入っていないのだろうと解釈しています。私の原案も現状の追認です。
- で、カテゴリの場合は複数の親カテゴリを設定できるので、Category:朝鮮の元号と両方の下位カテゴリにすることもできますが、「他の紀年法」の場合には箇条書き方式ですから、同時に「中国」と「朝鮮」の双方に分類することができない、それをどうしようかというのが現在の議論の焦点です。分類した方が分かりやすいと考え、1210年方式を推したoxhopさんは、今まで問題になっていないのだから大丈夫ではないか、分類してもしなくてももめる可能性がある点では同じだという判断を示されましたが、1209年方式なら暦法による分類が可能になるという新しいメリットを指摘され、私も共感したところです。
- 台湾の場合は、「中国」に分類しても、「台湾」という分類を作ってももめる可能性がある一番厄介な例です。みなが「中国」と「中華人民共和国」とは違うと思ってくれればいいわけですが、そううまくはいかないだろうというのが私の判断です。「中国」を「中国文化圏で日朝越に属さない地域」と定義すると、なぜ「中国文化圏」から「日朝越」を除外した地域(文化圏)概念が必要なのか、「日朝越」とは「現在の国民国家」にほかならず、地域概念に国家概念を混入させているのではないか、それなら主権国家たる「台湾」をなぜ除外しないのか、というような反論を想定できます。
- ご承知の通り台湾関係の元号(私年号)は数えるほどしかない例外的なケースなので、「私年号」という分類をつくってそこに入れれば、地域分類をしてもしなくてもこの問題は何とかクリアできるのではないか、と私は考えています。フォーマットについて、何か具体的なアイデアがあれば、ぜひお寄せください。
- 元号記事のカテゴリの問題と西暦記事「他の紀年法」での分類の問題と両方を考えないといけないので非常に大変ですが、なんとかまとめたいと思います。よろしくお願いします。--Novo 2007年4月1日 (日) 06:45 (UTC)
- 中国文化圏から日朝越を除外した理由は、日本は地政学的に独立しているので理解していただけると存じます。朝越の場合は「現在の国民国家」の概念を適用していますが、長期に亘り中原政権と距離を置いていた事実と、一般認識として中国とは異なる地域という認識があるものと判断しての記載です。しかし渤海を中朝の何れに分類するのか?南漢を中越いずれに分類するのかという問題に関しては政治的な立場からさまざまな主張が行われることは容易に想像が付きます。かといって公平さを追求して1209年方式を採用すると、時空系列を横に検索したい場合に見づらいというのも個人的な考え方としてもあります。
- そこで提案ですが、「その他の周辺民族の元号」のという分類を採用しては如何でしょう?分類が困難な場合、また分類によって議論が発生しそうな場合は乱暴ですがこちらのカテゴリーに分類してしまう案です。とりあえず1211年でサンプルを作成してみました。
- また提起いただいた台湾は中国に含めて問題がないと思われます。現在は主権国家として独立していますが、わずか数例の私年号のために分類を細分化させる必要はなく、中国文化圏として認識するのが一般的であると考えています。--Yonoemon 2007年4月1日 (日) 09:46 (UTC)
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(インデント戻します)1211年拝見しました。「周辺民族」という分類は検討に値すると思います(ちょうど元号一覧 (中国)ではこの概念を導入してはどうかと考えておりました)。「他の紀年法」節での分類にふさわしいかどうかは、他の方のご意見も伺いたいと思います。
「中国文化圏」(という概念が必要だと仮定して、そ)の定義のしかたですが、日本の除外については同意見です。ここの議論に即して言えば、たとえば「私年号」の性格は「日本」とそれ以外で違いが大きいので、分けないと記述が難しいとも感じておりました。また朝鮮、ベトナムの除外も、そういう一般認識があるのはご指摘の通りですし、異論ありません。
問題は、朝鮮やベトナムと同じように「長期にわたり中原政権と距離を置いていた」王朝(柔然、高昌、南詔、大理など)の元号を「中国文化圏」に入れるのかというところです。「周辺民族」分類案はここを処理するための方便になると思いますが、「周辺民族」という概念は「中国文化圏」に含まれると考えるのでしょうか。含まれるとすれば、それも結局「現在の国民国家と歴史上の政権を比定させる」ことにならないでしょうか。朝鮮とベトナムを除外する一般認識も、現在双方とも国民国家をもっているという事実に立脚しているわけですから。
台湾はその極端な例になるわけですが、むろん私の杞憂かもしれませんけれども、すべての閲覧者がYonoemonさんのご見解のように、「中国」は「中国文化圏」で、台湾はそこに含まれると考えるかどうか、その辺のご判断はいかがですか。たとえば、私年号分類を立てず、1895年に
と書いてほんとうにだいじょうぶでしょうか。笑えない冗談ですが、西暦年記事に{{観点}}テンプレートが張られたりしないでしょうか。世界中に公開されるわけですし、台湾の方々も大勢見ると思うのですが。--Novo 2007年4月1日 (日) 12:22 (UTC)
- 台湾民主国は清朝の影響下におかれた行動であることは史学界ではほぼ定説なので、中国に加えて問題ないと判断して問題ないと思います。日本統治以前は間違いなく清という北京政権の一地方機関であったことは間違いありません。これはどこかで便宜上の区分と但し書きを加えれば解決できる問題ではないでしょうか?
- 周辺民族は現在の中華人民共和国の考える民族ではなく、元号の概念を発案した中原系政権(≒正統王朝)をまねて独自の元号を使用した民族という意味でお考えください。周辺民族以外適当な日本語が思いつかないのでこの単語を使用しました。少なくとも中国王朝を模倣し、また漢字を使用し、記録も中国史書に依拠している以上、歴史的な周辺民族と表記しても大きな論点なるとは考えておりません。--Yonoemon 2007年4月1日 (日) 13:44 (UTC)
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- 了解しました。西夏は元号を漢字で書いていないとか、西遼の元号の史料は西遼自身のものでないとか、大理と大越李朝には相似性があるとか、細かいことを言い出せばきりがありませんし、来ると決まったわけではない荒らしの心配はしないことにします。話を進めましょう。
- あと残されている論点は、
- 「周辺民族」分類(「中国の周辺王朝」としたらどうでしょう?)を採用するか
- 採用するとしたらその範囲
- 「私年号」分類を立てるか
- 立てるとしたらその範囲(逆に「「正統年号」をどこまで認めるか」とした方が決めやすいでしょうね)と書式
- 暦法による分類を行うか
- 「周辺民族」分類(「中国の周辺王朝」としたらどうでしょう?)を採用するか
- ですが、いかがでしょうか。他のみなさまのお考えも伺いたいと思います。--Novo 2007年4月1日 (日) 14:40 (UTC)
- テンプレートに但し書きを加筆しましたので、ご確認ください。
- もうひとつ、少し議論の方向がずれますが、「私年号」を記入する場合、古代日本に九州年号という説があります。これをめぐって元号関連の記事が時々荒れますが、どう対応するかを計算に入れて方針を決める必要があると思います。--Novo 2007年4月1日 (日) 17:38 (UTC)
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- 「中国の周辺王朝」でしたら「中国の周辺地域」という表記のほうが無難な表現かも知れません。この辺は皆様のご意見によりより無難な用語が見つかればと存じます。
- もし「周辺王朝または地域」の概念を採用するのであれば、正史に取り上げられた所謂正統王朝に加え、三国時代、五胡十六国、五代十国に内包される王朝あたりを「正統年号」としてそれ以外を「周辺年号」と区分してはいかがでしょう?たとえば元朝でしたら正統年号となりますが、それを継承した北元の場合は、周辺年号と便宜上の区分を加えれば一般認識との乖離は少ないのではないでしょうか?
- そして九州年号ですが、これは現在の史学会でほぼ否定されている学説と言えますが、時折議論になるのであれば、「私年号」のサブカテゴリーとして「九州年号」を扱うことで対応することを提案します。--Yonoemon 2007年4月2日 (月) 00:03 (UTC)
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- 「周辺王朝または地域」の範囲については私もYonoemonさんの示された案に賛成です。用語については、私はどちらでもいいですが、「周辺地域」というと日本や朝鮮と区別しにくくならないかがやや気になります。なるべく地域概念にせず、元号を決める政権(王朝)による区分にしたいという立場からの感想かもしれませんが。
- 少し話が戻るのですが、近代以降についても地域分類をするのかどうか確認しておらず、関係する問題なので考えておきたいと思います。現在、近代以降の西暦記事では地域分類がある年と国号だけが並んでいる年とが虫食い状態になっています。地域分類がある年(1935年)では「中国・満州」「朝鮮」「チベット」という地域(?)分類があり、一方「モンゴル人民共和国」には地域分類がありません。また1950年から1971年までは「台湾」「韓国・朝鮮」という地域分類の下にそれぞれ中華民国暦、檀君紀元と主体暦が記載されていますが、1972年以降は地域分類なく正式国号ごとに紀元が記載されています。どうすればよいかご意見お聞かせください。私は、分類すると「政治的意味はない」といってもいいぬけが難しいので、分類しない方がよいという考えです。近代以降であればもう「分かりにくい」こともほとんどないでしょうし。
- 「九州年号」については、肯定する人と否定する人がときどき記述をいじりあうという現象がおきています。史学界で否定されているのであれば、特に詳しい方が出てこない限りこちらからは何もしないでいた方がいいのではないかと思いますが、いかがでしょうか。元号記事の方は作りたい人がいればつくり、編集合戦があってもそこに局限されますが、「他の紀年法」への記載がされる可能性もあり、その場合には対象記事が多く、編集合戦が起こったときの影響も広範囲にわたります。詳しい方同士ここへ来ていただいて議論してもらった方がいいと思います。--Novo 2007年4月2日 (月) 04:05 (UTC)
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- インデント戻します。
- 近代以降の地域区分ですが、それを行う意味があるのかという疑問はあります。宗教紀元法以外に政治的な紀元法を採用しているのは現在日本(元号)、台湾(民国)、韓国(檀紀)、北朝鮮(太陽)くらいなもんでして、過去に遡及しても清(元号)、ベトナム(元号)、満洲国(元号)くらいなもんです。時期はあいまいになりますが、冊封体制が崩壊し、外交という国際秩序が成立した時点(アヘン戦争以降あたりが目安?)以降は国家名で分類するのが一般常識に近いと感じています。
- したがって1935年のケースでしたら中華民国、満洲国と国号で分類し、チベットに関しては宗教紀元法なので「チベット暦」と改称するのが統一感を得られるのではと考えています。分断国家の朝鮮半島も現在独自の紀元法は非常に限定的な存在であれば、1972年の書き方でもよろしいのではないでしょうか?もちろん1949年以前は「朝鮮」や「大韓帝国」と記載して統一感を出したいと思います。
- 九州元号に関しては項目立てが事実上行われていないので、項目立てが行われて編集合戦が始まりそうな場合にあらためて議論としましょう。わざわざ問題提起する必要はないでもんね--Yonoemon 2007年4月2日 (月) 05:16 (UTC)
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- 九州年号について同意します。他の方からもご異議ないようであればそうしましょう。他の私年号は独自に箇条を立てますか、それとも地域分類の中に組み入れますか。
- 近代以降は地域分類をしないという合意が得られるとすれば、その下限は地域ごとに異なるでしょう。原案では仮に1873年に境界を置いてありますが、個別に検討すると、
- ということになりますか。ちなみに「満州」などほかの「地域分類」は設けないということでいいですね。「中国の周辺」に入れるべき王朝は他にありますか(分類が「独自調査」だとかつっこまれたら面倒ですけれど)。--Novo 2007年4月2日 (月) 16:18 (UTC)
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- 中国周辺に入れるべき王朝を定義するより、中国に分類すべき王朝を定義したほうが容易な作業だと思います。原則として正統王朝(二十五正史記載)されたものに五胡十六国、五代十国の王朝を分類し、それ以外はすべて「中国周辺」という分類を提案します。乱暴なようですが、最も単純な方法と考えます。--Yonoemon 2007年4月2日 (月) 23:55 (UTC)
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(インデント戻します)同感です。そうしましょう。他の地域分類も設けないということで。次に私年号ですが、区分を設定するとすれば、「中国周辺」との境界を決める必要がありますね。どうしましょうか。また「他の紀年法」での書式ですが、「私年号」という箇条を立てますか、それとも地域分類の中に組み込みますか。--Novo 2007年4月3日 (火) 03:02 (UTC)
- 私年号は正統王朝が使用する元号に対して私に立てた年号を指すので、「私年号」の箇条立てより、地域分類の中に組み込んだほうが閲覧者の便宜に適っていると思われます。更にいえば「中国周辺」での私年号は、独自の政権での元号として扱われる場合が大部分ですので、すべて「中国」に含めても問題がなかろうと感じていますがいかがでしょうか?--Yonoemon 2007年4月3日 (火) 04:01 (UTC)
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- 先ほど、Category‐ノート:中国の元号で永康 (柔然)の分類についてさっそく質問がありましたし、見解が分かれることが明らかに予想されるので、すべて「中国」に含める案には反対します。反対理由の一部はすでに「中国文化圏」概念についての議論で述べました。「中国周辺」分類の採用は妥協です。私年号については、地域分類を作ることになるのであれば独自に箇条立てする必要性は薄れます。お話のように箇条立てしないならば、田英さんが上で提案したように、箇条を一段右へ寄せて「正統王朝」の下行に書く書式の有効性が高くなると思います。--Novo 2007年4月3日 (火) 04:20 (UTC) 6字追加、3字削除--Novo 2007年4月3日 (火) 04:26 (UTC)
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- 言葉が足りませんでしたが、正統王朝の下行への記載を考えていました(つまりは中国の下部という意味です)。もし周辺王朝の内紛で元号が分裂した場合(存在を正確には確認していませんが)は、周辺王朝の年号の下行でいいのではないでしょうか?--Yonoemon 2007年4月3日 (火) 05:48 (UTC)
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(戻します)田英です。整理中の論点について以下のように考えます。
- 九州年号の扱い : 私年号(異説のほうが相応しいか)として、日本の年号・皇紀の配下に記す(「*」をもうひとつ付ける)、で良いと思います。
- 私年号の項目を設けるか : 私年号の項目は設けない(下記の#西暦年記事内の扱いの表現はとらない)で良いと思います。
- 周辺民族/周辺王朝/周辺地域 : 周辺民族のままで良いと思います。ただ、1211年の記事の「その他周辺民族の元号」という表記ではなく「その他周辺民族」だけにしておきたいと思います。これはモンゴル帝国(1211年であれば太祖([[チンギス・ハーン]])6年と書かれることを想定)への対応で、1212年にサンプル化しております。
- 地域名の分化 : 分化ありとする1210年式をもとに論が進められる状況にあると認識し、これに従います。1210年式の延長に1211年式があり、そのうえで1212年記事をサンプル作成しました。
- 地域分化の下限 : 朝鮮については新羅滅亡の935年までで、周辺民族も1387年で良いと思います。ベトナムは良くわからないのでご提案に従います。
--田英 2007年4月3日 (火) 09:37 (UTC)
- Yonoemonさん、少し早とちりしたようですみません。田英さんの整理に従って私の考えを述べます。
- 九州年号 : Yonoemonさんと私で一致したように、書きたいという詳しい人が出るまでは書かず、ガイドラインにも挙げない。日本の私年号はさしあたりガイドライン所掲の出典(『東方年表』でいいと思います)にあるもののみを載せ、あとは詳しい人同士の議論と合意に任せる。
- 私年号 : 正統王朝の下行にインデントを一段右に寄せて書く。田英さん、Yonoemonさんに同意します。ただし凡例に見方を明記。
- 地域名の分類 : 分類あり(1210年方式及びその延長)が多数と認識し、受け入れます。ただし「周辺」分類を定義を明確にして立てるのが条件です(1211年、1212年)。
- 周辺民族/周辺王朝/周辺地域 : 名称は「中国の周辺地域」「中国周辺」「中国の周辺王朝」の順で推します。「民族」は支持しません。ほかの分類が地域名称であるなら、人間の集団である「民族」(しかも定義が大変面倒な術語)を使うのはふさわしくないと思います。
- Yonoemonさんの言う「中国の下部」というのは、「周辺」を「中国」の下位分類とする、という意味ですか。そのように解釈して、「中国」の次に「周辺」をもってきてインデントを一段ずらした例を1213年に作りました。耶律留哥を私年号扱いして載せましたのであわせて書式をご確認ください。インデントを右寄せすれば、「その他周辺○○」でいいと思いますが、こうすると、元号の箇条も「中国」の元号より一段ずれて下がって見えるので、賛成しません。
1211年及び1212年のようにほかの地域分類と同段にして、その上で「中国の」を頭につけた方がいいと思います(でないと何の周辺かわからないですから)。 - モンゴル帝国の在位紀年は「周辺」からはずして独立させた方がいいと思います。最終的には「中国」は支配地域の一部になってしまいますから。
- 1260年から1368年までの元の元号は「中国」、1387年までの北元は「周辺」ということのようですが、たとえば明が「中国」で南明も「中国」で、鄭氏政権 (台湾)も「中国」でよろしいでしょうか。やはり「周辺」の定義をもう少し煮詰める必要があるように感じます。
- Yonoemonさんの言う「中国の下部」というのは、「周辺」を「中国」の下位分類とする、という意味ですか。そのように解釈して、「中国」の次に「周辺」をもってきてインデントを一段ずらした例を1213年に作りました。耶律留哥を私年号扱いして載せましたのであわせて書式をご確認ください。インデントを右寄せすれば、「その他周辺○○」でいいと思いますが、こうすると、元号の箇条も「中国」の元号より一段ずれて下がって見えるので、賛成しません。
- 地域分類の下限 : 935年を自分で提案しておいて何ですが、ベトナムも2王朝が並立するのはごく一時期だけなので、それでも分類を近代まで立てるとすれば、朝鮮も同じように立てないと見栄えがよくないかもしれませんね。ちょっと考えさせてください。--Novo 2007年4月3日 (火) 19:05 (UTC) 「の元号」は私も外した方がいいと思うので1212年のみにします。--Novo 2007年4月3日 (火) 19:28 (UTC)
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- 田英です。言われてみれば「民族」は分類基準を「地域」としようとすることと合わなくなってしまいますね。私も「中国周辺」に同意します。◆九州年号についてはガイドライン上も書かずにおいて、書こうとする動きが出るまでは静観というNovoさんのご意見に賛成です。(先を見越してコメントアウトで書いておくのもいいかもしれない、その際は私年号ではなく異説として日本の下に……とも考えたのですが、やぶ蛇になりそうなので取り下げます。)◆二十五史(+五胡十六国、五代十国)を基準とするならば、大契丹国・モンゴル帝国・後金は周辺地域、遼・金・元・清は中国、西遼・北元で再び周辺地域、ではないでしょうか。やはりモンゴルを独自地域分類にするのは回避したほうが良いと思います。◆鄭氏政権は中国で、明の下に1字下げですよね。◆さて、
摩震・泰封震国・渤海を中国周辺とするか朝鮮とするか、悩ましいところです。私は中国周辺でよいと考えているのですがいかがでしょうか。--田英 2007年4月4日 (水) 13:13 (UTC)5字除去、2字挿入。失礼しました。--田英 2007年4月5日 (木) 00:31 (UTC)
- 田英です。言われてみれば「民族」は分類基準を「地域」としようとすることと合わなくなってしまいますね。私も「中国周辺」に同意します。◆九州年号についてはガイドライン上も書かずにおいて、書こうとする動きが出るまでは静観というNovoさんのご意見に賛成です。(先を見越してコメントアウトで書いておくのもいいかもしれない、その際は私年号ではなく異説として日本の下に……とも考えたのですが、やぶ蛇になりそうなので取り下げます。)◆二十五史(+五胡十六国、五代十国)を基準とするならば、大契丹国・モンゴル帝国・後金は周辺地域、遼・金・元・清は中国、西遼・北元で再び周辺地域、ではないでしょうか。やはりモンゴルを独自地域分類にするのは回避したほうが良いと思います。◆鄭氏政権は中国で、明の下に1字下げですよね。◆さて、
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- 分類基準を「地域」とするとすれば、個々の王朝の性格から分類先を決定するよりも、「存在した場所」で純粋に振り分けてしまった方が客観的に説明できると思います。そのためには先に「中国周辺」の範囲をうまく決める必要があります。それで考えたのは、
- という定義です。これで分けると、だいたい「二十五史本紀+五胡十六国+十国」以外を「中国周辺」に振り分ける一方、南明や鄭氏政権は「中国」になります(上のご提案でいうとYonoemonさんよりも田英さんの案に近くなりますが)。モンゴル帝国も「中国周辺」でよくなります(まだ問題がなくはないのですがとりあえずの落としどころです)。
- このような広い地域を「中国周辺」とくくった例はたぶんないと思いますが、Yonoemonさんのご指摘の通り、元号というシステムがもともと「中国」発祥のものであることは事実なので、「元号分類のための便宜的、限定的な地域概念として設定したのであり、重複する他の地域概念を否定するものではない」と言えば何とかぎりぎりクリアできるのではないでしょうか。
- 非常に面倒な話ですが、「他の紀年法」は元号だけでなく、本来世界中の全ての紀年法を網羅しなければならない節ですから、そこにこのような地域分類を導入するとすれば、元号を使わない漢字文化圏外の地域分類とも整合性を持つように設定しなければならず、定義には慎重を期したほうがいいと思います。
- あと、摩震・泰封・渤海のお話が出ましたが、渤海は「中国周辺」としても、摩震・泰封は「朝鮮」でいいのではないでしょうか。詳しくないのですが、領域がまたがるのでしょうか。--Novo 2007年4月4日 (水) 16:45 (UTC)
- 失礼しました。震国と摩震との混同、摩震につられて泰封を連ねてました。恥ずかしい。渤海とその前身の震国を「中国周辺」とする意図でした。取り急ぎ訂正のみ。--田英 2007年4月5日 (木) 00:31 (UTC)
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田英さん了解しました。うっかりミスは私もよくやってますので、お互い様です^^;
もし「中国周辺」の定義に賛同いただけるとすれば、実際の分類は、
- 中国 : 「二十五史本紀(清を含む)+五胡十六国+十国」
- 中国周辺 : 上記以外の長期間安定的に継続した独立王朝。具体的には柔然、高昌、渤海など、南詔、吐蕃、于闐、大理、西夏、西遼、北元。
- 私年号 : 上記2分類以外の短期間存在した王権。書式は上記2分類の中に1字下げで組み入れる。
だいたい上記のようになるかと思います。そこで残された課題は、
- 「中国周辺」にあったが「二十五史本紀」に含まれるものを「中国」と「中国周辺」のどちらに分類するか
- 契丹-遼、初期の金、初期のモンゴル帝国、後金-北京占領前の清
- 安定的に継続した王朝と一定の関係があるが短期間しか続かなかった王権についてどこまで連続性を認め、どこから「私年号」にするか
- たとえば北遼(短期なので私年号ではないか)、耶律留哥(東遼として「中国周辺」に置くのか)、東丹国・後渤海・定安・興遼・大渤海など(全て渤海の後身と認めるか、遼、金の私年号とするか)、鄭氏政権(南明の「永暦」を奉じているから明と同等とみなすのか、私年号とするのか)
なのですが、私の印象ではYonoemonさんはなるべく「中国」へ入れる方向、田英さんは「中国周辺」を活用する方向のように見えます。私は田英さんに近く、かつ「私年号」に入れる範囲を大きくとる(つまり「正統王朝」を狭くとる)解釈ですが、ここまでくるともう客観的な線引きは困難になってくるので、何か出典(私年号については李崇智の本でしょうか)を決めてそれで引いてしまうしかないと思います。ご意見お聞かせください。--Novo 2007年4月5日 (木) 18:20 (UTC)
- 「中国」への分類ですが、「二十五史本紀(清を含む)+五胡十六国+十国+順」と李自成も加える必要があると思われます。清朝では明を滅ぼしたのは清ではなく、李自成の順であり、清はその順に代わって政権を樹立させたというのが建前になっていまして、新が正統王朝なら順も同様に扱うべきでしょう。「モンゴル帝国」と「後金」については正史に従い「中国」への分類が私見です。一般的な認識でもモンゴル帝国と元、後金と清については極めて密接な関連が認められているので、それを追認というのが根拠となります。
- 「中国周辺」に関しては同意見です。
- 「私年号」に関してですが、前後の関連性の薄い短命政権での元号は「私年号」の区分に賛成です。
- 提起された滅亡した王朝の後継国家を自称した場合ですが、ある程度安定した政権を樹立したケースに関しては、滅亡した王朝の元号との連続性を持たせるべきと考えます。つまり北遼や東遼、東丹国は遼との関連性を、後渤海・定安・興遼・大渤海は渤海との関連性を考慮し「私年号」より「中国周辺」と分類した方が一般の理解を得やすいと感じています。鄭成功の場合は自らが明臣を自称し、復明を国是としていますので南明と同様の扱い(おそらく「中国」?)を提案いたします。
- また「私年号」と「中国周辺」に区分する際の基準としては下記私案を提示いたします。
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- 前後に「中国」や「中国周辺」などに区分される王朝
