GARNET CROW
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| GARNET CROW | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出身地 | |
| ジャンル | ネオアコ ロック J-POP ギターポップ[1] |
| 活動期間 | 1999年 - |
| レーベル | TENT HOUSE (1999年) GIZA studio (2000年 - ) |
| 公式サイト | http://garnetcrow.com/ |
| メンバー | |
| 中村由利 (ボーカル) AZUKI七 (キーボード) 岡本仁志 (ギター) 古井弘人 (キーボード) |
|
GARNET CROW(ガーネット クロウ)は、1999年に結成された日本のGIZA studio所属のバンド。音楽制作会社ビーインググループ所属の関西在住の音楽クリエイターを中心とした男女4人で構成され、ネオアコをルーツとした楽曲を制作している。2002年まではライブを行わずテレビ番組にも出演しなかった。代表曲は「flying」「夢みたあとで」「スパイラル」など[2]。
目次 |
[編集] 概要
「GARNET CROW」という名前の由来は、ガーネットという宝石の深い紅色にかけて深みのある音楽を志向する意を「GARNET」の語に込め、それに言葉の響きの良さを求めて「CROW」の語を付加したことに起因する。また日本語訳すると『深紅のカラス』という言葉になり、この言葉の不気味さが心に残る点もあわせて考慮された[3]。
メンバーは中村由利、AZUKI七、岡本仁志、古井弘人の男女4人からなる。リーダーは古井弘人であるが、公式ウェブサイトなどでは、ボーカルの中村由利を筆頭とした順序で紹介されている。結成は1999年、倉木麻衣の全米インディーズデビュー時のデモテープ作成にメンバー4人が携わり[4]、スタジオ制作を通して意気投合したことをその契機とする[5]。当時中村を除く3人は、既にビーインググループ内で他アーティストへの楽曲提供、サポートなどの活動を行っており、新人は中村のみであった。中村自身は音楽ディレクターのような表に出ない仕事を志向していたが、周囲からの薦めがあり作曲・ボーカル担当になった[6]。メンバーについての詳細は後述のメンバーの節を参照のこと。
楽曲制作においては役割分担が明確にされており、作曲・作詞・編曲といった楽曲制作上の根幹部分を、ほとんどの楽曲においてメンバー自身が行っている。特に中村の曲とAZUKI七の詞は、全楽曲の核として位置付けられている[3]。作品はネオアコをルーツとし、デビュー当初、彼らは自身の音楽性を「21世紀型ネオ・ネオアコ」と称した[7]。1999年のデビューから約2年半、ライブを行わずCD制作を活動の中心としていたが、2002年に初のライブを行う。それ以降ネオアコだけにとどまらない音楽性の広がりをみせ、ライブを経験したことでそれを意識した楽曲制作がなされたり[8]、ラテン音楽や[9]カンツォーネなどの要素も楽曲に取り入れた[10]。詳しくは後述の楽曲制作、評価・音楽性の各節を参照のこと。
2008年現在においてもメンバーの個々の経歴に非公開の部分がある。また、2002年のシングル『夢みたあとで』発売時までは、全くテレビ番組に出演しなかった。同じビーイング所属のアーティストがマスメディアへの露出を抑える点は、ビーイングのメディア・コントロール戦略によるものとされている[11]。ただし同グループ内であっても、ライブを行わない小松未歩やテレビ番組に出演しなくなったZARDと比べると程度に差がある。2002年以来、ライブは三大都市圏を中心に20回以上の公演を行っており、同年以降テレビの音楽番組にも出演している。メンバー自身はテレビ出演について、非常に緊張するという旨の発言を残している[12]。詳しくは後述の関連メディアおよびライブ・イベントの各節を参照のこと。
[編集] 来歴
ここでは来歴の重要な部分のみを記す。作品の発売日、ライブ・イベントの詳細な年月日はそれぞれ作品、ライブ・イベントの節を参照のこと。
- 1999年の秋[13]、倉木麻衣の全米デビュー時のデモテープ作成にメンバー4人が携わり、スタジオ制作を通して意気投合したのが結成のきっかけとなる。12月4日にミニアルバム『first kaleidscope 〜君の家に着くまでずっと走ってゆく〜』でインディーズデビュー。
- 2000年3月29日に、『Mysterious Eyes』『君の家に着くまでずっと走ってゆく』の2枚同時発売シングルでメジャーデビューを飾る。この年、計シングル6枚を発売。
- 2001年には、シングル3枚、オリジナルアルバム1枚を発売。
- 2002年には、アニメ『名探偵コナン』の主題歌となった『夢みたあとで』がオリコン週間シングルチャート6位を記録。これに伴って初のテレビ出演やライブツアーを行い、ファンクラブ『G-NET』も設立される。メンバー司会の番組『GARNET TIME』も6月より放送開始。この年、計シングル3枚、オリジナルアルバム1枚を発売。
- 2003年には、東京及び大阪で行われた「GIZA studio バレンタインコンサート」にて、倉木麻衣、愛内里菜と共演。前年より放送されていた『GARNET TIME』が10月をもって放送休止。この年、シングル2枚、オリジナルアルバム1枚を発売。
- 2004年には2ndライブツアーが行われたほか、それに先行して岡本のソロライブであるTHURSDAY LIVE「OKAMOTO NIGHT」が大阪hills パン工場で開催され、中盤から他のメンバー3人がゲストという形で登場しGARNET CROWの楽曲を披露した。年末には同会場にて「GARNET NIGHT」を開催。この年、シングル3枚、オリジナルアルバム1枚を発売。
- 2005年にはデビュー5周年を記念して、3rdライブツアー、ファンクラブ限定イベント、メモリアルライブ、初のベストアルバム『Best』の発売を行った。また前年同様に岡本のソロライブへ全員出演。GARNET CROW制作曲として初の提供となる岩田さゆりの「空色の猫」も発売された。この年、シングル2枚を発売。
- 2006年には、4thライブツアーが行われ、CDのデジパック仕様化やCD連動特典のオリジナルグッズプレゼントなど、グループ自身初の試みも行われた。9月に発売されたシングル『まぼろし』は初のドラマ主題歌に抜擢された。この年、計シングル4枚、オリジナルアルバム1枚を発売。
- 2007年はデビュー7周年を記念し、メンバー全員が出演したファンクラブイベントや、京都仁和寺におけるスペシャルライブが行われた。この年、計シングル4枚を発売(内2枚は同時発売)。
[編集] メンバー
- 中村由利(なかむら ゆり)
- ボーカル・作曲・バックコーラスを担当。
GARNET CROWの全楽曲の作曲を行うと同時に、メインボーカル及び一部曲のバックコーラスを担当する。デビュー当時はGARNET CROWの中では唯一の新人であった。デビュー以降はGARNET CROWのフロントマンとして、音楽番組におけるインタビューへの対応やライブの進行役も一手に行う。 - AZUKI七(あずき なな・正式表記はZに斜線が入る)
- 作詞・キーボードを担当。
GARNET CROWの全楽曲の作詞を行う。AZUKI七の制作した歌詞は、無常観、寂寥感、死といった観念や当て字を数多く使用するなどの傾向がある。歌詞に用いられた単語は、神話や宗教、聖書や文学作品に由来しているものがある。写真撮影などを趣味としており、その作品はCDジャケットや著書で目にすることができる。 - 岡本仁志(おかもと ひとし)
- ギターを担当。一部の曲ではコーラスも担当。
GARNET CROWのインディーズデビュー当時の表記は岡本仁。GARNET CROWのデビュー以降、並行してソロ活動を開始した。それに伴い岡本仁志に改名。ソロ活動の影響から、2004年以降のライブツアーにおいては、本来ギター担当である岡本が、ボーカルとしてGARNET CROWの楽曲を1曲歌うコーナーが設けられた。2008年現在、自身のラジオ番組を持っている唯一のメンバーである。 - 古井弘人(ふるい ひろひと)
- リーダー。編曲・キーボードを担当。
GARNET CROWの多数の楽曲の編曲(remixを除くほぼ全曲が古井による編曲だが、数曲はMiguel sa Pessoa編曲、及びMiguelとの共同編曲)を行うと同時に、楽曲制作における実務的なリーダーである。各メンバーだけでなく他アーティストからも信頼を得ており、演奏・編曲の腕前から「ゴッドハンド」の別名を持つ[14]。ライブにおいては、パフォーマンスとして激しいキーボード演奏を行う。
[編集] 担当楽器
主に楽器を担当するのは岡本仁志、古井弘人、AZUKI七の3人である。岡本はギターを担当し、古井とAZUKI七はキーボードを担当する。場合によってはAZUKI七のフルート、中村由利のタンブリンが演奏されたこともあった。
古井とAZUKI七はキーボードを担当する点で共通するが、使用する機材の数や音色が異なる傾向にある。古井は複数のキーボードを使用するのに対して、AZUKI七は2004年の2ndライブツアー以来、1種類のみのキーボードを使用している。また、古井はシンセサイザーやハモンドオルガンなどの多彩な音色を使い分ける傾向にあるのに対して、AZUKI七はピアノの音色を中心に使用している。1stDVDにおいては、古井の担当は「Keyboards」、AZUKI七の担当は「Pianos」と表記された。
レコーディングやライブでメンバーが使用する楽器類は時期によって若干異なり、その全てが明らかになっているわけではないが、いくつか確認できるものを以下に示す。
[編集] 岡本仁志の使用楽器
岡本仁志#使用楽器を参照のこと。
[編集] 古井弘人の使用楽器
古井弘人が使用したキーボードは、以下のものがある[15]。
- シンセサイザー
- ヤマハ・MOTIFシリーズ 7 / ES6 / ES7 / ES8 / XS7
- ハモンドオルガン
- HAMMOND XB-1
- HAMMOND XB-2
- HAMMOND New B-3
こうしたシンセサイザーとオルガンの併用が多い。初めて使用楽器を公表したのは2000年発表の「flying」プロモーションビデオにて、その際はコルグのTRITONとZ1を使用した。2004年のライブツアーではMOTIF 7を3台準備し、ストリングス系の音色、パッド・効果音の音色、シンセリードの音色と使い分けている[15]。2005年の3rdライブツアーでは今まで使用していたMOTIFシリーズを一新し、MOTIF ESシリーズの3機種を使用。2007年に行われたGARNET CROW film scope 2007以降はこれに加えて、後継機種であるMOTIF XS7を一部使用。2008年に行われたlivescope 2008 〜Are you ready to lock on?!〜ではMOTIF XS7を2台使用するなど、年代に合わせて機材を使い分ける傾向が見られる。
このほか、「夢みたあとで」プロモーションビデオなどではHAMMOND XB-2を、「君を飾る花を咲かそう」プロモーションビデオや2002年に行われたfirst live scopeではHAMMOND XB-1を使用した。
[編集] AZUKI七の使用楽器
AZUKI七が使用したシンセサイザーは、以下のものがある[15]。
AZUKI七の使用するS90は、2ndライブツアー中盤より白いカバーが掛けられ、AZUKI七専用の仕様となった。また、ローランド製の2機種は、2002年の1stライブツアー映像の数カ所のみで確認できる。この他、「Timeless Sleep」プロモーションビデオなどではコルグのTRITONを使用、「夢みたあとで」「スパイラル」プロモーションビデオなどではヤマハのクラビノーバを使用した。
[編集] 楽曲制作
楽曲制作においては、まず中村由利によるメロディーラインの作曲が先行する。先に作詞が行われたり、事前に詞のテーマを設定するようなことは全くない[16]。中村の作成したデモテープをもとに、AZUKI七による作詞、古井弘人による編曲、岡本仁志によるギターの収録が行われる。編曲後に詞が完成することもあれば、詞と編曲がほぼ同時に仕上がる場合もあったという[17]。こののち再度中村による歌唱収録が行われ、完成となる(右図参照)[18]。詳細は以下の通り。
[編集] 作曲・制作曲選定
中村による作曲は、主にピアノを用いて行われる[18][19]。基本となるメロディーは、ふと思いつく場合もあれば、気に入ったコードから展開する場合もある[20]。完成したメロディーは簡単な英語で歌われ、2番までデモテープに収録する[12]。
2008年のインタビューによれば、メロディーとコードがつけられた後、中村によって簡単なアレンジがMacintoshで行われるという。ある程度のイメージが伝わる程度に、ドラムループ、ストリングス、ディストーションギターなどがキーボードで入力される。中村が使用するソフトはVisionであり、音源はSC-88 Proを愛用している[17]。
このように通常はメロディー先行で作曲されるが、2007年発表の「世界はまわると言うけれど」制作時には、ドラムループを聞きながらメロディーを乗せるというリズム先行の手法が初めて用いられた[21]。
作成されたデモテープのなかから、GARNET CROWとして制作に入る曲が選定される。この選定はGARNET CROWの手によるものだけではなく、「君の思い描いた夢 集メル HEAVEN」など、曲をタイアップに起用する企業側によって行われる場合もある。ただし、作品内容とタイアップの関係は必ずしも一定ではなく、「籟・来・也」のように編曲、作詞を経て既に完成していた作品を企業側がタイアップに起用した場合もある[22]。タイアップとの関わりについては後述の楽曲制作とタイアップの節も参照のこと。
[編集] 編曲・ギター収録
古井による編曲は、コンピュータとシンセサイザーを使用した打ち込みを基本とし[23]、専用の部屋で行われている[24]。具体的内容については古井自身がインタビューで簡潔に説明しており、自分の作業は簡単なメロディーにドラム・ベースなどの音を加え、イントロや間奏の長さを決定し、楽曲としてまとめあげることであると答えている[25]。
2008年のインタビューによると、楽曲の方向性は、中村のラフアレンジによる楽器の音やフレーズによって練られている。古井はそこからボーカルのデータだけを活かして、楽器の音を新規にフレーズ化して再構築する。当時の機材は、Power Mac G5にインストールされたPro ToolsとLogic Pro 8であり、鍵盤としてMOTIF XSを挙げている。主にソフト音源を使用し、ビアノはNative Instruments AKOUSTIK PIANO、オルガンは同社のB4、ドラムはFXpansion BFD、バスドラムはLinplugのRMIVというように、パーツごとに使い分ける[17]。
アレンジの段階で打ち込みパートを作り終え、ギターなど手弾きする楽器だけをスタジオで録音し、音を差し替える[17]。ギターの収録は、古井と岡本で話し合いながら具体的に旋律を決定していく形で行われていく[26]。起承転結を重視し、楽曲中の二胡の音と競い合ったり[27]、オルガンとハーモニーを形成したり、ガラスのボトルネックを使用するなどの試みも行われている[28]。鍵盤楽器のレコーディングは、古井はオルガンやシンセ系、AZUKI七がピアノと、それぞれ担当を振り分けている[17]。
[編集] ミゲル・サ・ペソアによる編曲
基本的には古井単独による編曲がほとんどではあるが、ボストンの音楽制作会社Cybersoundに所属するミゲル・サ・ペソア(Miguel Sa Pessoa)という人物に依頼されたこともある。ピアノ主体の伴奏を特徴としており、楽曲「水のない晴れた海へ」や「永遠を駆け抜ける一瞬の僕ら」などを編曲した。ミゲル・サ・ペソアは日本語の歌詞を理解しておらず、歌詞の意味から離れて編曲を行っており、楽曲の新視点を提示しているとしてメンバーからの評価が高い[29]。
[編集] 作詞
作詞はAZUKI七に一任されている。中村からデモテープを受けとり、部屋のCDデッキのおける場所で[30]、AZUKI七自身の身体が就寝寸前の状態になったのちに作詞を開始する。この状況で作詞を行う理由は、感覚が開放され創造的な脳の状態にあえて持ち込むためである。AZUKI七はGARNET CROW以外のアーティストに対しても作詞を行っているが、特に中村の曲に詞をつける場合はその傾向が強い[12]。歌詞の内容は、主にAZUKI七の感情を入れずにメロディからのイメージのみを読み取って書き上げられているが、時にはメロディと対話するような形で言葉が出てくるのを待つこともあるという[31]。歌詞のモチーフとしては19世紀後半の作家オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』を挙げたことがある[32]。作曲時に中村が曲に対して想定したイメージは、作詞時のAZUKI七には伝えられていないけれども、双方が一致する場合が多い。特にシングル曲「君を飾る花を咲かそう」では、完全にイメージが一致し、お互いに驚愕したというエピソードが残されている[33]。
基本的には上記の通り、AZUKI七ひとりによる個人作業だが、例外もある。楽曲「夏の幻」の制作時には、スタッフに囲まれながら作詞を行った[34]。また、楽曲「夢・花火」の制作の際には、歌詞にお経の文言を入れたが、中村から「聴く人も怖くなってしまうから」と英語ではめるよう修正を促された[35]。修正後、その部分自体もメロディーごと削られ[36]、英語の詞のものに差し替え発表された。
[編集] 歌唱収録・調整
作詞・編曲ののち、中村の歌唱が収録され一応の完成となる。中村による歌唱は、詞の内容にはあまり深入りせず、伴奏に合わせて強弱やニュアンスをつける形で行われている[37]。この点については作詞担当のAZUKI七からも、歌詞解釈や意味づけをせずに歌ってほしいと述べている[38]。歌唱収録自体は一度きりで終わった場合から夜通しで行われた場合まである[39]が、中村本人は歌唱収録の時間帯は昼間がベストとしている。歌唱収録で使うマイクは、中村の声と相性の良いビンテージのU67(ノイマン)を使用、コーラス録りではローの少ない別のU67と使い分けると、こだわりを持っている[40]。
その後、ミキシングやマスタリングの作業が行われる。これらの作業については、楽曲「未完成な音色」などのミキシングを手がけたミキサーの中島顕夫が過去にインタビューに答えている。中島によれば、良いミックスであることは当然だが、ミキシングによる音響効果を聞き手に意識させないことに留意して調整が行われている[41]。ボーカルのエフェクト処理に関しては中村がこだわりを持っていて、エンジニアにリクエストする事が多い[40]。最終的な1曲あたりの制作期間は、長い場合で1年以上である(「夢みたあとで」「夢・花火」)。
[編集] 収録曲選定・発売
こうして個々の楽曲が完成した後も、それがすぐに発売されるとは限らない。CDに収録する曲の選定や順序は、各曲の完成度や曲同士のバランス等の理由から、発売直前まで検討されている。その一例としては、2回の収録延期がされた楽曲「Float World」がある。「Float World」は、当初2003年9月10日発売のCDシングル『君という光』に収録される予定の曲として公表された[42]。しかし、その直後に収録予定曲から外されている。再度「Float World」が公表されたのは、2か月後の11月12日発売のCDアルバム『Crystallize 〜君という光〜』の収録予定曲としてであり、それについての岡本の解説も音楽雑誌に掲載された[43]。しかし、再度収録予定曲から外され、最終的には2004年1月14日発売のシングル『僕らだけの未来』のカップリング曲として収録、発売された。このように収録予定のCDが次々と変わった理由は、他の収録曲とのバランスを考えた上でのことであった[44]。
シングルやアルバムを発売する際は、プロモーションビデオやジャケット写真の撮影などが行われる。撮影場所はGIZA studioの拠点である関西を中心としており、大阪市内や神戸市内等が撮影場所として公表された。ジャケット写真やCDのデザインは、他のGIZA studio所属アーティストの作品も多く手がける森美保や小島巖らによって制作されており、撮影された写真などはそれぞれの著書としてまとめられた(詳しくは関連書籍の節を)。また、メンバーのAZUKI七による写真もジャケットの一部として用いられることがあり、『first kaleidscope 〜君の家に着くまでずっと走ってゆく〜』や『二人のロケット』のジャケット写真はその一例である[45]。このほか、2006年にシングルCD『今宵エデンの片隅で』のジャケット撮影が行われた際には、ボーカルである中村によって撮影の指示がされている[46]。
[編集] その他
こうした作曲・編曲・作詞・歌唱収録の各工程は、各メンバーそれぞれの個人作業の傾向が強い。この傾向は結成当初から同じであり、楽しみながら制作するバンドというよりも、役割分担を明確にして洗練された楽曲制作集団を各メンバーが目指していたことに起因する[47]。そのため、メンバー同士の意見交換や立ち会いがされるかどうかは流動的である。2001年当時にはメンバー同士の話し合いは当然のこととされていたが[7]、2003年には話し合いなしでレコーディングは進んだ[48]。
また、一旦完成した楽曲が状況によって、再度古井の編曲によってキーやテンポが調整されたり、AZUKI七によって詞に変更が加えられたこともある。その具体例としては、楽曲「僕らだけの未来」のたどった変遷がある。「僕らだけの未来」は、当初は砂丘を意味する「サンドヒル」という名で制作が行われており、スパニッシュなけだるいラテン系の曲であった[49]。その後、シングル化に伴ってテンポの速いロック調の曲に再編曲され、タイトルも「僕らだけの未来」となり、歌詞も変更された[44][50]。
[編集] サポートメンバーおよび関係者
メンバーには専門のベーシストやドラマーがいないため、そうした音色は先述の通り、古井弘人による打ち込みによって構成されるが、いくつかの楽曲収録時にサポートメンバーが参加した場合もある。その多くはメンバーと同じビーインググループ所属のスタジオ・ミュージシャンや、同グループと関わりのある編曲者である。特に大賀好修や、ミゲル・サ・ペソアをはじめとしたCybersoundメンバーの参加割合が高い。参加記録はCDのブックレットのほか、各ミュージシャンの公式ウェブサイトにも残されている(詳しくは節末に一覧表として示す)。またライブの際には、以下のメンバー等が加わることもある。
- 大賀好修(ギター)
- 岩井勇一郎(ギター)
- 大橋雅人(ベース)
- David C.Brown(ドラム)
- 山口‘PON’昌人(ドラム)
- 福田和希(コーラス)
- 日向寺咲(コーラス、GIZAクリエイターズスクール受講生)
- 中平彩子(コーラス、GIZAクリエイターズスクール受講生)
楽曲及びライブのエグゼクティブプロデューサーはKANONJI ROCKAKUこと長戸大幸である。KANONJIの名前は、写真作品等も含め、ほとんど全てのGIZA studioの作品に記録されているため、具体的な楽曲制作の内部にまで影響を与えているかどうかは不明である。
| 曲名(リンク先は初出CD) | 担当 | サポートメンバー |
|---|---|---|
| 君の家に着くまでずっと走ってゆく | キーボード | ミゲル・サ・ペソア |
| バッキングボーカル | Michael Africk | |
| アコースティック・ギター | Aaron Hsu-Flanders | |
| サックス | 横路竜昇 | |
| in little time | コーラス | Michael Africk |
| 二人のロケット 〜cool smooth ver.〜 | キーボード | ミゲル・サ・ペソア |
| アコースティック・ギター | Aaron Hsu-Flanders | |
| エレクトリックギター | John Clark | |
| 夏の幻 | アコースティック・ギター | 大賀好修 |
| 水のない晴れた海へ | キーボード | ミゲル・サ・ペソア |
| バッキングボーカル | Michael Africk | |
| アコースティック・ギター | Aaron Hsu-Flanders | |
| エレクトリックギター | John Clark | |
| 二人のロケット (アルバム『first soundscope 〜水のない晴れた海へ〜』収録のバージョン) |
ベース | 麻井寛史[51] (1stアルバムには"Hiroshi Tokunaga"と記された) |
| ドラム | 亀井俊和 | |
| 巡り来る春に | アコースティック・ギター | 大賀好修 |
| 夏の幻 (secret arrange ver.) | エレクトリックギター | 大賀好修 |
| 夢みたあとで | ギター | 大賀好修[52] |
| Mysterious Eyes 〜dry flavor of "G" mix〜 | キーボード | ミゲル・サ・ペソア |
| アコースティック・ギター | Aaron Hsu-Flanders | |
| エレクトリックギター | John Clark | |
| スパイラル | ギター | 大賀好修[52] |
| 夕立の庭 | ドラム | David C. Brown |
| クリスタル・ゲージ | ギター | 大賀好修[52] |
| 永遠を駆け抜ける一瞬の僕ら | ピアノ | ミゲル・サ・ペソア |
| バッキングボーカル | Michael Africk | |
| エレクトリックギター | Jeff Lockheart | |
| ベース | Fernando Huergo | |
| 空色の猫 | ベース | 大橋雅人 |
| ドラム | 車谷啓介 | |
| 夢・花火 | パーカッション | 車谷啓介[36] |
| 上記のほか、具体的な曲名までは明らかになっていないものの、2ndアルバム『SPARKLE 〜筋書き通りのスカイブルー〜』および3rdアルバム『Crystallize 〜君という光〜』には、大賀好修がギターとして参加した。 | ||
[編集] バージョン違いのある楽曲
制作された楽曲のうちには、同一のタイトルでありながら演奏や歌唱の異なる作品が発表された。バージョン違いの作品が制作されるのは、メンバーによる再編曲、歌唱の再収録などが行われた場合や、ミゲル・サ・ペソアをはじめとしたメンバー以外の編曲者によるリミックスが行われた場合である。後述のリミックスアルバム『Cool City Production Vol.8 GARNET CROW REMIXES』は、そうした再編曲によるバージョン違いの曲を集成したアルバムである。こうしたバージョン違いの存在する作品を以下に一覧表として示す。ただし、DVDを中心に収録されるライブバージョンや、シングルCDに収録される歌唱のみを除外したinstrumentalバージョン、また収録時間が数秒異なるだけのものは記述が煩雑になるため除外している。
[編集] 楽曲制作とタイアップ
タイアップ先で多いのは、テレビアニメ番組の『名探偵コナン』と『メルヘヴン』である。『名探偵コナン』は2000年から2007年の間に7曲、『メルヘヴン』は2005年から2007年で6曲のタイアップが行われた。
作曲前からタイアップが決定している場合、「メジャー感のある明るい曲」といったようなテーマを中村がスタッフから受け取り[5]、そのテーマに沿って作曲されるが、あまり形に拘りすぎないようにバランスが考慮されている[53]。作詞においても一定のテーマに沿って書かれており、AZUKI七は「メルヘヴン」のタイアップが決定した際、原作単行本をすぐに買いに行き、原作と沿うように歌詞を制作した[54]。編曲の際は、後に楽曲に合わせてアニメーションが作成されることを想定し、タイアップがエンディング曲の場合はアニメの余韻が残るように編曲された[55]。
こうした楽曲制作側の配慮に対して、アニメ番組『メルヘヴン』では、バンド名と同音である「真紅の爪(ガーネットクロウ)」というアイテムを番組中に登場させ[56]、第76話のサブタイトルとした[57]。また、シングル『風とRAINBOW/この手を伸ばせば』『この手を伸ばせば/風とRAINBOW』の裏ジャケットには、『メルヘヴン』の作者である安西信行の手によるメンバー4人の肖像が描かれた。この肖像に関してはメンバーの意向が一部取り入れられており、AZUKI七の胸元に描かれたゾンビタトゥーの模様は、本人のリクエストによるものである[58]。中村は実際に安西と会い握手も交わしており、漫画家という職業は何かをクリエイトするという点で、音楽家と同じ匂いがするとの旨を述べている[59]。
[編集] 評価・音楽性
[編集] メンバー自身による評価・音楽性の解説
楽曲の音楽性についてメンバー自身が語ったところによれば、楽曲のルーツはネオアコであり、各楽曲はそれを進化させた「21世紀型ネオ・ネオアコ」や、ポップな中に憂い・儚さ・暖かさを含んだもの[7]、多国籍でノスタルジックなものなどがある[22]。こうしたGARNET CROWの要素を一曲で示しているのは楽曲「Anywhere」であるという[60]。楽曲の魅力は、デジタルな音とアナログな音の両方を融合させている点であるとする[61]。制作する楽曲について重要な点は、スタンダードで良い音楽だと感じられるか否かであり[62]、いつまでも大事にされる音楽を追求している[63]。また、2002年にライブを経験したことは重要な転機であり、聴き手に必要とされていることが実感でき、制作意欲も高くなり、楽曲制作へそれが反映された[64]。ライブ以前では楽曲制作の段階で楽曲が完成するという意識であったが、ライブを想定することによって楽曲が成長し、ライブの様子をイメージしながら話し合って作成する場合も出てきた[64]。ライブを通して得た聴き手に支えられているという実感は、4thアルバムの『I'm waiting 4 you』という名前に込められたという[65]。
[編集] 外部における評価・音楽性の解説
音楽雑誌などでGARNET CROWについて論じられる場合、中村の歌声、AZUKI七による歌詞、サウンドの質や世界観などがその評価の対象となっている。オリコンチャート上での最高順位は、シングル作品は6位、アルバム作品は4位であり、声優の藤田咲などが好きなアーティストとしてGARNET CROWを挙げている。またファンからの評価については、2005年にアンケート調査の結果が明らかになっている。それぞれの詳細は以下の通り。
中村の歌声は中性的なアルトの声域のために、デビュー当初は女性ではなく男性に間違えられたという[5]。デビューから約3年後、2003年の「GIZA studio バレンタインコンサート」の際には、同じライブを複数の雑誌社がそれぞれ個別に取材した。中村の声に対して雑誌『My Birthday』では、外国語のように聞こえる不思議な魅力があると評し[66]、『WHAT's IN?』ではふくよかな声であると評し[67]、また『ザッピィ』ではせつなさとはかなさの中に温かな体温を含んでいると評した[68]。その後、楽曲のリリース時やライブの際にもその都度中村の声については評価がなされており、2005年には透明感と共に落ち着きのある歌声[65]、2007年にはぬくもりのあるボーカルであると評価された[69]。
AZUKI七の歌詞については、深みのある詞[70]・情緒豊かで繊細な歌詞[71]・苦しみや悲しみを知った上での優しさが感じられるなどと各雑誌では評された[72]。2007年発売の『音楽誌が書かないJポップ批評50』誌上では、歌詞が哲学の領域に踏み込んでいると指摘された[73]。また2003年には音楽ライターの渡辺淳が、バンドやボーカルが比較的穏やかな印象であるのに対し、歌詞には激しく揺れる思いや深い感情が描き出されているのではないか、との意見をAZUKI七に対して直接指摘した。これに対してAZUKI七は、優柔不断な部分を抱えつつ物事を見ている点が歌詞に表れたのではないか、との旨を返答した[74]。
サウンドの質や世界観については、全てを包み込むような独自のサウンドと世界観と評され[38]、またバンドサウンドなどの温もりと、クールな感覚との微妙なバランスがポイントであるとの指摘もされた[75]。楽曲の質に対しては、音楽ライターの森朋之が音楽雑誌『CDジャーナル』および『VA』誌上にて「楽曲至上主義」の語をもって評価した[76]。音楽的姿勢については、『WHAT's IN?』ライターの竹内美保は、GARNET CROWがアバンギャルドな世界観を創出しつつもポップなところに着地しているという独創性に着目し、ここから「GARNET CROWは音楽的姿勢がパンク」説を唱えた[77]。
オリコンシングルチャートの最高順位の面からは、2002年発売のシングル『夢みたあとで』を画期に平均的な順位が上昇した。2000年から2001年に発売された各シングルの順位は『二人のロケット』の47位から『Last love song』の19位の間であるが、2002年に『夢みたあとで』 が最高順位6位を記録して以降の各シングルの順位は、最低でも『籟・来・也』が記録した17位である。最高では2007年のシングル『風とRAINBOW/この手を伸ばせば』が記録した6位であり、『夢みたあとで』に並んでいる。
GARNET CROWの音楽と著名人との関わりについては数例ある。まずイラストレーターの椋本夏夜は、イラストを描く際のBGMのひとつとしてGARNET CROWを挙げている[78]。つぎにタレントの林丹丹は、「第11回 全日本国民的美少女コンテスト」(2006年8月2日開催)の本選選考時において、歌の題材としてGARNET CROWの「夏の幻」を使用し、芸能界入りを決定づけた[79]。そして声優の藤田咲は、インタビューの際に特に好きなアーティストとしてGARNET CROWを挙げた。曲に物語性や深みがあることを指摘しており、実際に会いたいと述べた[80][81]。
ファンからの評価については、2005年にビーインググループのフリーペーパー『music freak magazine』誌上において、最も好きな曲のアンケート調査が行われており、当時の評価が明らかになっている[82]。この調査の結果においては、最も好きな曲の第1位は「夏の幻」、第2位は「夢みたあとで」、第3位は「君 連れ去る時の訪れを」であった。
[編集] 関連メディア
先述の通り、GARNET CROWはメディアに露出することは少ないが、いくつか継続的にGARNET CROWについての情報が提供されるメディアがある。
2008年7月現在、GARNET CROWについての情報が継続して提供されるメディアは、公式ウェブサイトや、『Music Freak Magazine』(略称:MFM)、公式ファンクラブの会報などが挙げられる。公式ウェブサイトでは、各人の日記や、主な雑誌掲載、テレビ出演等のスケジュールを確認することができる。MFMは主要レコード店で毎月配布されているビーインググループによるフリーペーパーであり、「word scope in M.F.M」と題されたメンバー自身による近況報告が毎月連載されている。2001年9月号より連載を開始し、2005年には連載50回を越えた。公式ファンクラブG-NETからは、会報『Garnet Scope』が年4回発行され、またファンクラブに加入することで、会員限定のイベントへの参加も可能となる。
現在では以上のような関連メディアが存在しているが、過去には『GARNET TIME』や、『J-groove magazine』における取材記事などが存在した。『GARNET TIME』は2002年6月から2003年10月の間、The MUSIC 272 (スカイパーフェクTV!等) で放送されていた番組である。この番組は岡本が主なナレーションを行い、中村およびAZUKI七が各回交替で司会を務めていた。古井もしばしばゲストで出演する等、メンバー全員が携わっているという点が特徴であったが、2003年10月に楽曲制作への専念を理由として番組が休止した。『J-groove magazine』もビーインググループから出版されていたが、こちらはフリーペーパーではなく有料の月刊誌であった。定期連載はないものの、この雑誌専用に撮影されたメンバーの写真などがしばしば掲載されていた。2006年5月号をもって休刊した。また、ポッドキャスティングの『BEING GIZA STUDIO Podcasting』では、毎回ではないが新曲の紹介やメンバーのコメントが配信されていた。ライブドアのネットラジオサービス、およびiTunes Storeにおいて毎週無料で配信されていたが、2006年12月をもって新たな配信を終了した。ただし、過去に放送された回は2008年現在も聴取可能である。
[編集] 作品
[編集] シングル
- Mysterious Eyes (2000年3月29日、GZCA-1028)
- 君の家に着くまでずっと走ってゆく (2000年3月29日、GZCA-1029)
- 最高順位40位
- 『Mysterious Eyes』と同時発売であるため、公式ウェブサイトでは「2nd single」とは記されず、両シングル共に「Debut maxi」とされている。
- 二人のロケット (2000年5月17日、GZCA-1032)
- 最高順位47位
- MFTV(The MUSIC 272)『I'm MUSIC FREAK!』テーマソング
- 千以上の言葉を並べても... (2000年9月27日、GZCA-1044)
- 最高順位42位
- 株式会社童夢CMソング
- 夏の幻 (2000年10月25日、GZCA-1050)
- 最高順位20位
- 読売テレビ制作・日本テレビ系アニメ『名探偵コナン』エンディングテーマ
- flying (2000年11月29日、GZCA-1055)
- 最高順位25位
- プレイステーション用ゲームソフト『テイルズオブエターニア』テーマソング
- Last love song (2001年5月9日、GZCA-1072)
- 最高順位19位
- テレビ朝日系『ビートたけしのTVタックル』エンディングテーマ

