鄭氏政権 (台湾)
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鄭氏政権(1662年 - 1683年)は、17世紀の台湾に存在した漢民族の政権。清朝への抵抗拠点を確保する為に、鄭成功が台湾を制圧する事で成立した。台湾史上初の漢民族政権による統治が実現したが、清朝の攻撃によって政権は20年強の短命に終わった。
目次 |
[編集] 概要
台湾の歴史関連項目 |
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その他台湾に関する記事 |
1644年、李自成の反乱によって明朝が滅亡し、混乱状況にあった中国に満州族の王朝である清が成立した。これに対し明朝の皇族・遺臣達は「反清復明」を掲げて南明朝を興し、清朝への反攻を繰り返したが、1661年に清軍により鎮圧された。大陸での「反清復明」の拠点を失った鄭成功の軍勢は、清への反攻の拠点を確保する為に台湾への進出を計画、1661年3月23日に祭江を出発、翌24日には澎湖諸島を占拠しオランダ・東インド会社を攻撃、4月1日には台湾本島に上陸し、1662年2月1日にはオランダ人の拠点であった熱蘭遮城を陥落させ東インド会社を台湾から駆逐する事に成功した。台湾の漢民族政権による統治は、この鄭成功の政権が史上初めてである。
東インド会社を駆逐した鄭成功は台湾を「東都」と改名し、現在の台南市周辺を根拠地としながら台湾島の開発に乗り出すことで、台湾を「反清復明」の拠点化を目指したが1662年中に病没した。彼の息子である鄭経たちが事業を継承したが、反清勢力の撲滅を目指す清朝の攻撃を受けて1683年に降伏し、鄭氏一族による台湾統治は3代23年間で終了した。
歴史上の鄭成功は、彼自身の目標である「反清復明」を果たす事無く死去し、また台湾と関連していた時期も短かった。だが、鄭成功は台湾独自の政権を打ち立てて台湾開発を促進する基礎を築いたこともまた事実である為、鄭成功は今日では台湾人の精神的支柱(開発始祖、「ピルグリム・ファーザー」)として社会的に高い地位を占めている。
なお鄭成功は清との戦いに際し、たびたび徳川幕府へ軍事的な支援を申し入れていた(「日本乞師」)が、当時の情勢から鄭成功の勝利が難しいものであると幕府側に判断され[要出典]支援は実現しなかった。
この戦いの顛末は日本でもよく知られ、後に近松門左衛門によって国姓爺合戦として戯曲化された。
[編集] 行政区画
台湾を占拠した鄭成功は1661年5月、普羅民遮城を占拠し、赤崁を東都明京と定め「東都」と命名した。下部に一府二県を設置し、これとは別に澎湖安撫司を設置した。鄭成功の死後、息子の鄭経は承天府及び東都を廃止し、東寧王国と改号、天興県と万年県を州と改めた。この他澎湖安撫司以外に南北路両安撫司を設置した。
[編集] 鄭氏政権の歴史的意義
鄭氏政権は短命に終わったが、台湾の政治と経済発展に大きな意義を有している。政権は台湾における最初の漢人政権であり、また台湾独自の政権としての地位を確立し、オランダ勢力を駆逐した後は兵糧問題を解決するために屯田政策を積極的に推進した。鄭成功は武将の陳永華の建議を採用し、中央集権的な官制を制定し台湾全島を統括する「主権」を確立すると同時に、独立国としての認識を有し「東寧王国」を号すなど対外的にも独立路線を表明したのも特徴である。実際イギリスや徳川幕府は東寧を独立国家として貿易を行い、イギリス東インド会社と鄭氏政権の間には通商条約も締結されている。イギリス側史料では鄭氏政権を「台湾王国」あるいは「フォルモサ王国」 として表記し、鄭経に宛てた上書では「陛下(Your Majesty)」との呼称が使用されていることからも独立国として地位を獲得していたことを窺知することができる。
また鄭氏政権は地方に割拠した一政権であるが、名目的には明朝暦法を奉じ、「回帰大陸」を究極の目的とし、政策立案や教育に関してもこの原則に従って実施されており、事実上の亡命政権であった。それまで琉求、夷州等さまざまな名称で史料に登場していた台湾地区を、「台湾」という一つの概念にまとめ明の亡命政権として発展させ、結果的に清朝の版図、つまり広義の「中国」の版図として確定させたという意義も有している。
[編集] 関連項目
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