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千島列島

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N60-90, E120-150 N60-90, E150-180
N30-60, E120-150 N30-60, E150-180
千島列島と周辺の地形図

千島列島(ちしまれっとう、ロシア語Кури́льские острова́英語Kuril Islands)は、北海道の東、根室海峡からカムチャツカ半島の南、千島海峡までの間に連なる列島。

国後島択捉島得撫島占守島などの島々からなる。総面積10355.61km²。

全島をロシア連邦実効支配しているものの旧ソ連はサンフランシスコ講和条約に調印しておらず、日本は択捉島以南(いわゆる北方領土)の領有権を主張するとともに、他の全島も国際法上領有権は未定と主張している。

※現在も北方四島はもちろん、得撫島以北の得撫・新知・占守の三郡についても札幌国税局管内の根室税務署の管轄とされており、法制的には存続している。

当該地域の領有権に関する詳細は本項の他北方領土の項目を、現状に関してはサハリン州の千島列島の項目を参照の事。

目次

[編集] 概要

千島列島の島々の夏の典型的な風景
温禰古丹島(おねこたん島)の黒岩山と幽仙湖カルデラ
幌筵島の火山・千島硫黄山(エベコ山)の火口

主にウルップ島以北を北千島択捉島以南を南千島と呼ぶ。また、南千島に対する日本の領有権を主張する立場から、これらの島々を北方四島(北方領土)と呼ぶことがある。また、日本政府は、歯舞群島と色丹島は千島列島に属さないとしている。

なお、ウルップ島(得撫島)からマカンル島(磨勘留島)までを中部千島と呼ぶことがある。

[編集] 地理

千島列島には活発な火山が多い

千島列島は環太平洋火山帯の一部をなす火山列島であり、今でも多くの島が活発に火山活動を起こしている。これらの島々は北アメリカプレートの下に太平洋プレートがもぐりこんだ結果生じた成層火山の頂上にあたる。2006年3月分のNEWTONには詳細な図が書かれており、成層火山の頂上が北海道にぶつかったものが現在の知床半島とされる。

プレートのもぐりこみにより、列島の200km東方沖に千島海溝ができている。地震も頻繁に起こり、2006年11月15日、近海でマグニチュード7.9の地震が発生した。(→千島列島沖地震 (2006年))また、2007年1月13日にも、近海でマグニチュード8.2の地震が発生した。(→千島列島沖地震 (2007年)

千島列島の気候は厳しく、風が強く非常に寒いが長く続く。は短く、がしばしば発生し、山には雪が残ることがある。年平均降水量は760mmから1000mmと多めで、ほとんどはである。

温帯亜寒帯にまたがる列島内では植生も異なり、北部ではツンドラ様の植生が、南部では深い針葉樹の森が見られる。境目は択捉島と得撫島の間で、宮部金吾が唱えた分布境界線(宮部線)となる。

列島内の最高峰は最北端の島、阿頼度島の阿頼度山(親子場山、または阿頼度富士、ロシア名アライト山)で海抜は 2,339m。列島南部の国後島東端にある爺爺岳も 1,819mの高さを誇る。

島々の風景は、砂浜、岩の多い海岸、断崖絶壁、流れの速い渓谷と下流では広くなる川、森林と草原、山頂部の荒野やツンドラ、泥炭地、カルデラ湖などが形成されており、手付かずの自然が残る島が多い。土壌は一般的に肥沃で、火山灰などが周期的に流入することや、海岸部での鳥の糞の堆積などによるものである。しかし険しく不安定な斜面は頻繁に土砂崩れを起こし、新たな火山活動によって裸地が広がっている。

[編集] 生態系

[編集] 海の生物

千島列島最北の秀峰・阿頼度島の阿頼度富士(親子場山)

太平洋の大陸棚の縁に位置する海底地形、および海流の影響(オホーツク海内部で、アムール川の運ぶ養分を含んだオホーツク環流と、カムチャツカ半島東岸を流れて千島列島北部から入り込んだ養分豊かな親潮が合流し、これがさらに千島列島から流れ出し親潮と再合流する)により、列島周囲の海水は北太平洋でも最も魚の繁殖に適している。このため、動植物などあらゆる種の海洋生物からなる豊かな生態系が千島列島付近に存在できる。

千島列島の島のほとんどの沖合いは巨大な昆布の森に取り囲まれ、イカなど軟体生物やそれを捕食する魚、それを狙う海鳥など多くの生き物の暮らしの舞台になっている。

さらに沖合いにはマスタラカレイ、その他商業的価値の高い魚が多く泳いでいる。明治前後から日本の漁民の活動の場となってきたが、1980年代まではイワシが夏には山のように獲れていた。その後イワシは激減し、1993年を最後に水揚げされておらず、千島列島の漁村に打撃を与えている。またサケ類が千島列島の大きな島々で産卵し、周囲で捕獲される。

魚を求める哺乳類の巨大な生息地もある。アシカトドオットセイがいくつかの小島に集まり、ロシアでも最大の生息地となっている。これらの哺乳類はかつてアイヌ人などの捕獲の対象となり、その肉は食料に、皮や骨はさまざまなものの原料(毛皮の服など)になってきた。千島列島への民族集団の広がりも、これらの生物を追っての移住だった可能性もある。19世紀から20世紀はじめにかけ、オットセイは毛皮採取のために乱獲され、例えば雷公計島に19世紀に1万頭いたオットセイは19世紀末には絶滅した。これと対照的に、アシカやトドは商業的狩猟の対象とならなかった。1960年代以来これらの狩猟の報告はなく、アシカやトドの生息は順調で、場所によっては増えている。絶滅した例外は、かつて千島列島でも見ることのできたニホンアシカであり、魚を捕食することから害獣として駆除された結果20世紀はじめにはほとんど見られなくなった。クジラ類も多く、特にイシイルカシャチアカボウクジラツチクジラマッコウクジラミンククジラナガスクジラなどが多く観測されている。

ラッコも毛皮貿易のため19世紀に乱獲された。より価値の高いラッコの毛皮を手に入れるためロシアの千島列島への勢力拡大が活発になり、日本の権益と衝突する結果になった。ラッコは急速に減少し、20世紀半ば以降ほとんど狩猟が禁止され、徐々に千島列島内での生息地が復活している。

千島列島にはその他、数多くの種の海鳥が生息する。外敵のいない小島では、断崖の上などで多くの鳥が巣をつくり子育てを行っている。

[編集] 陸の生物

千島列島の陸の生態系は、南の北海道やサハリン、北のカムチャツカ半島などから来た、北アジアと同様の種が構成している。種の多様さにもかかわらず、固有種は少ない。

面積の小ささと地理的孤立により、大型陸上哺乳類はあまり生息していない。キタキツネホッキョクギツネは1880年代に毛皮交易のため持ち込まれた外来種である。さらに、同じ頃持ち込まれたネズミ目の生物が陸上哺乳類の多くと入れ替わった。列島南北の大きな島にはヒグマキツネテンなどが元から住んでいる。また南千島の大きな島々にはシカもいる。ハヤブサミソサザイセキレイなどの鳥も森に住んでいる。

[編集] 歴史

国家による領有以前にはアイヌ民族などが先住していた。彼らは主に南千島、得撫島(ウルップ島)、北部の占守島(シュムシュ島)、幌筵島(パラムシル島)などで暮らしていた。18世紀から急速に東方に拡大したロシア帝国と、1786年最上徳内を派遣し調査を実施、1801年富山元十郎深山宇平太得撫島に派遣し領有宣言を意味する「天長地久大日本属島」の標柱を建てるなど蝦夷地の経営を強めていた日本との間で、国境の線引きが問題となったが、1855年日露和親条約で択捉島以南が日本領として確定する。1875年樺太・千島交換条約樺太と北千島とを交換し、全千島列島が日本領となる。

日本政府は国策として、千島アイヌ全員を色丹島に強制移住させた。慣れない生活と風土にアイヌは次々に倒れた。


幌筵島のセベロクリリスク(柏原)のメインストリート

1945年昭和20)8月14日、日本は連合国に対してポツダム宣言受諾を表明し、間もなく武装解除をおこないはじめた。千島列島も米軍機の攻撃にさらされていたが、ポツダム宣言受諾の了解を持って止んだ。ところが8月11日には北緯50度国境を侵犯してソ連の赤軍第一極東軍が南樺太に攻め込み、千島でも入れ替わるように国籍不明機(実際はソ連軍機)の攻撃を受け、8月18日カムチャツカ半島ロパトカ岬から砲撃を開始、同時にペトロパブロフスク・カムチャツキーから出撃した赤軍第二極東軍が占守島(シュムシュ島)に上陸し、日本軍第五方面軍第91師団と交戦した。8月21日に停戦したが、4日間の戦闘でソ連側1567名、日本側1018名の死傷者(ソ連資料)を出した(日本資料ではソ連側約3000、日本側600から700となっている)。


日本は1951年(昭和26)に締結した日本国との平和条約(サンフランシスコ講和条約)で千島列島を放棄したが、現在は日露和親条約で国境を取り決めた択捉島以南の南千島は含めないと主張し、これらの島々を北方領土と呼んで返還を求めている。また、サンフランシスコ条約では、放棄した千島列島の帰属先が明記されていないことや、ソ連が署名していないことから、南樺太及び中・北千島はロシア領土ではなく帰属は未定であるとの立場を取っている。しかし、ソ連はサンフランシスコ条約において、日本がウルップ島以北の千島列島だけを放棄すると明言してはいないことや、ヤルタ会談・ポツダム宣言・カイロ宣言・降伏文書・国連憲章第107条・マッカーサー命令・日ソ共同宣言などを根拠として全千島の領有は正当だと主張している(しかし、また日本政府の公式見解としてこのヤルタ会談での秘密協定は国際法に違反している)。日本以外の多くの国は事実上、南樺太及び中・北千島についてはロシアの領有権を認めているが、いわゆる北方領土については、中国のように「日本の領土であるが、ロシアの「占領」下にある」との立場を取る国もある。欧州議会2005年(平成17)7月7日に北方領土を日本に返還するようロシアに求める決議を採択した。

ソ連時代、千島列島全域はソ連ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国実効支配下にあり、ソ連崩壊後も、千島列島は実質的に全てがロシア連邦実効支配下にある。日本の政策としては北方領土の返還を目指すものだが、日本共産党は全千島が樺太・千島交換条約により、平和裏に日本の領土となった経緯をもって、全千島返還を要求している。


[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ

[編集] 外部リンク、参考資料


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