ユーゴスラビア紛争 - Wikipedia

ユーゴスラビア紛争

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ユーゴスラビアの地図。黄色がスロベニア、青がクロアチア、緑と濃緑がボスニア・ヘルツェゴビナ(緑はスルプスカ共和国、濃緑はボスニア・ヘルツェゴビナ連邦)、ピンクと赤がセルビア(ピンクはヴォイヴォディナ自治州)、濃赤がコソボ、灰色がモンテネグロ、濃水色がマケドニア共和国である。

ユーゴスラビア紛争(ゆーごすらびあふんそう)は、ユーゴスラビア連邦解体の過程で起こった内戦である。1991年から2000年まで主要な紛争が継続した。

目次

[編集] 経緯

被害にあった建物

多民族国家のユーゴスラビアは第二次世界大戦ではドイツイタリアに支配されていたが、戦後にパルチザン勢力を率いる指導者のヨシップ・ブロズ・チトーによって独立を達成する。この国は後に「七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家(または一人のチトー)」といわれるほどの多様性を内包していた(後述)。

戦後の世界ではアメリカ合衆国を中心とする西側陣営とソ連を中心とする東側陣営が対立する冷戦がはじまる。ユーゴはチトーが共産主義者であり東側陣営に属するが、ポーランドハンガリールーマニアなどの東欧諸国とは違い、ソ連の衛星国では無い独自の社会主義国家としての地位を保っていた。

1980年にチトーが後継者を定めないまま死去し、ソ連国内においてはゴルバチョフ指導による民主化が進み、ルーマニアにおけるチャウシェスク処刑に代表される東欧民主化で東側世界に民主化が広がり共産主義が否定されると、ユーゴにおいても共産党による一党独裁を廃止して自由選挙を行うことを決定し、ユーゴを構成する各国ではチトー時代の体制からの脱却を開始する。また、各国ではスロボダン・ミロシェヴィッチ(セルビア)やフラニョ・トゥジマン(クロアチア)に代表されるような民族主義者が政権を握り始めていた。ユーゴの中心・セルビア共和国では大セルビア主義を掲げたスロボダン・ミロシェヴィッチが大統領となり、アルバニア系住民の多いコソボ社会主義自治州の併合を強行しようとすると、コソボは反発して1990年7月に独立を宣言し、これをきっかけにユーゴスラビア国内は内戦状態となる。

1991年6月に文化的・宗教的に西側に近いスロベニアが10日間の地上戦で独立を達成し(10日戦争)、次いでマケドニア共和国が独立、ついで歴史を通じてセルビアと最も対立していたクロアチアが激しい戦争を経て独立した。ボスニア・ヘルツェゴビナ1992年に独立したが、国内のセルビア人がボスニアからの独立を目指して戦争を繰り返した。セルビア国内でもコソボ自治州が独立を目指したが、セルビアの軍事侵攻によって戦争となった(コソボ紛争)。

複雑な歴史背景による入り組んだ民族配置は完全には解消されてはいないものの、NATO国際連合の介入により紛争は収められた。

[編集] 内戦一覧

[編集] 多様性を内包した国家

ユーゴスラビア社会主義連邦共和国は、

といわれるほどの多様性を内包した国家であった。

さらに、「五つの民族」には含まれていない主要民族であるボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア南西部・モンテネグロ西部(サンジャク地方)に多いムスリム人、セルビア南部のコソボ自治州マケドニア共和国西部に多いアルバニア人、セルビア北部のヴォイヴォディナ自治州に多いハンガリー人、またロマ人などが存在した。

セルビア語とクロアチア語は、言語学上は同一言語とみなされていた。実際、日本における東京の言葉と関西の言葉ほどの違いすらないといわれる。主な違いとしてはセルビア語はキリル文字、クロアチア語はラテン文字を使う。また「川」という言葉はセルビア語では "reka"(レーカ)、クロアチア語では "rijeka"(リェーカ)というように、一部言語の発音・綴りが微妙に異なる。また「サッカー」はセルビア語では "futbal"、クロアチア語では "nogomet" と言葉によっては全く異なるものもある。

[編集] ユーゴスラビア紛争を描いた作品

[編集] 小説

[編集] 映画

[編集] 関連項目

[編集] 参考文献

  • 柴宜弘 『新版世界各国史(18) バルカン史』 山川出版社
  • 柴宜弘 『ユーゴスラヴィア現代史』 岩波書店
  • 柴宜弘 『図説 バルカンの歴史』 河出書房新社
  • ディミトリ・ジョルジェヴィチ 『バルカン近代史』 刀水書房
  • スティーヴン・クリソルド 『ユーゴスラヴィア史』 恒文社
  • ミーシャ・グレニー 『ユーゴスラビアの崩壊』 白水社
  • 徳永彰作 『モザイク国家 ユーゴスラビアの悲劇』 筑摩書房
  • 千田善 『ユーゴ紛争 多民族・モザイク国家の悲劇』 講談社
  • 千田善 『ユーゴ紛争はなぜ長期化したか 悲劇を大きくさせた欧米諸国の責任』 勁草書房
  • マイケル・イグナティエフ 『軽い帝国 ボスニア、コソボ、アフガニスタンにおける国家建設』 風行社
  • 最上敏樹 『人道的介入 正義の武力行使はあるか』 岩波書店
  • 高木徹 『ドキュメント 戦争広告代理店』 講談社

[編集] 外部リンク


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